ホームに戻る 日本・フィリピン経済連携協定(JPEPA)問題

「第103条 投資及び労働」の問題

第103条は、一見、労働者の権利を守っているようにみえる。
条文の起草者は、そういう主旨かもしれない。しかし、…
最低でもNAFTA前文、可能ならばNAFTAの補完労働協定のようなものが、必要ではないか?

1.条文
2.「第102条 環境に関する措置」との比較 労働条項の問題は明らか
3.FTA/EPAにおける労働関連規定
4.「国際貿易と中核的労働基準」と日比FTA
5.労働者の保護は極めて限定的 ILO条約との比較検討
6.2項に挙げられていないものは労働者保護を弱めても良い!〜「第4条 法令の見直し」と合わせて考える必要性
7.日系企業のフィリピン労働法改正要求
8.フィリピンのみにある規定
9.参考/憲法 労働に関する条項


【間違いなどに気付かれた方、こんな資料・情報があるよという方、ご連絡ください。よろしくお願いします】

1.条文
第103条 投資及び労働

1.両締結国は、国内の労働法令において与えられる保護を弱め、又は低下させることにより投資を奨励することが適当でないことを認める。このため、各締結国は、自国の区域内における投資財産の設立、取得、拡張又は維持を奨励する手段として、2に規定する国際的に認められた労働者の権利に対する支持を弱め、又は低下される形態でそのような法令の免除その他の逸脱措置を行わないこと又は行う旨提案しないことを確保するよう努める。一方の締結国は、他方の締結国がそのような法令の免除その他の逸脱措置を提案したと認める場合には、当該他方の締結国に対して協議を要請することができるものとし、両締結国は、そのような逸脱措置を回避するために協議する。

2.この条の規定の適用上、「労働法令」とは、次の国際的に認められた労働者の権利に直接関係する各締結国の法令をいう。

(a)結社の権利
(b)団結権及び団体交渉権
(c)あらゆる形態の強制労働の使用の禁止
(d)児童及び若年層の労働に関する保護(児童の雇用に関する最低年齢並びに最悪の形態の児童労働の禁止)
(e)最低賃金、労働時間並びに職業上の安全及び健康に関して受け入れ可能な労働条件

Article 103
Investment and Labor

1. The Parties recognize that it is inappropriate to encourage investment by weakening or reducing the protections afforded in domestic labor laws. Accordingly, each Party shall strive to ensure that it does not waive or otherwise derogate from, or offer to waive or otherwise derogate from, such laws in a manner that weakens or reduces adherence to the internationally recognized labor rights referred to in paragraph 2 below as an encouragement for the establishment, acquisition, expansion or retention of an investment in its Area. If a Party considers that the other Party has offered such an encouragement, it may request consultations with the other Party and the Parties shall consult with a view to avoiding any such encouragement.

2. For purposes of this Article, “labor laws” means each Party’s laws or regulations that are directly related to the following internationally recognized labor rights:

(a) the right of association;
(b) the right to organize and bargain collectively;
(c) a prohibition on the use of any form of forced or compulsory labor;
(d) labor protections for children and young people, including a minimum age for the employment of children and the prohibition and elimination of the worst forms of child labor; and
(e) acceptable conditions of work with respect to minimum wages, hours of work, and occupational safety and health.

2.「第102条 環境に関する措置」との比較  労働条項の問題は明らか
日本のFTA/EPA協定書に、社会条項 (環境・労働)を! 参照

第八章 投資
第百二条 環境に関する措置
(123ページ リタイプ)

 一方の締約国は、環境に関する措置の緩和を通じて他方の締約国の投資家による投資を奨励することが適切でないことを認める。当該一方の締約国は、自国の区域内における他方の締約国の投資家による投資財産の設立、取得又は拡張を奨励する手段として環境に関する措置の適用の免除その他の逸脱措置を行うべきではない。

「第103条 投資及び労働」は、この「102条 環境に関する措置」の次に置かれている条項。

労働者の権利の保護を考えているなら、この環境の条文の「環境に関する措置」を「労働法令において与えられる保護」などに置き換えた、シンプルな条文になるはず。ところがそうなっていないところに、この103条の問題がある。

103条は、例えば、こんな感じになっていてよいハズ?

締約国は、「国内の労働法令において与えられる保護を弱め、又は低下させることにより」、他方の締約国の投資家による投資を奨励することが適切でないことを認める。当該一方の締約国は、自国の区域内における他方の締約国の投資家による投資財産の設立、取得又は拡張を奨励する手段として、「国内の労働法令において与えられる保護を弱め、又は低下させること」その他の逸脱措置を行うべきではない。
3.FTA/EPAにおける労働関連規定
(ア)FTA/EPAにおける労働関連規定(関心のある人は必読!?)

◆経済産業省
「2007年版不公正貿易報告書
〜WTO協定及び経済連携協定・投資協定から見た主要国の貿 易政策」
2007年4月16日

第III部 経済連携協定・投資協定
第7章:その他(エネルギー、環境、紛争解決等)(1,525KB)

504ページから環境で、506〜509ページに「コラム◆FTA/EPAにおける労働関連規定」が掲載されている。

英語版もある。
2007 Report on Compliance by Major Trading Partners with Trade Agreements - WTO, FTA/EPA, BIT -

環境の項は、679ページからで、コラム「Column: Labor related regulations of FTAs/EPAs」は、682ページから。

構成は、「1.日本のFTA/EPAにおける取組」「2.各国のFTAにおける労働の取り組み」。
1.では103条についても触れられている。2.では、NAFTAの並行労働協定(補完協定、労働協力協定などとも)について少し解説してある。
4.「国際貿易と中核的労働基準」と日比FTA
国際貿易と中核的労働基準

(ア)参考文献
OECD政策フォーカス 2000年12月
ヒューライツ大阪 - アジア発展途上国での国際労働基準と日本 第47号(2003年1月発行)
連合 中核的労働基準

(イ)中核的労働基準4分野8条約と日比FTA103条2項の関係

表 中核的労働基準4分野8条約と日比FTA103条2項の関係
103条
2項
4分野ILO条約8条約日本フィリピン
(a),(b)結社の自由及び団体交渉権87号(結社の自由及び団結権の保護に関する条約)
98号(団結権及び団体交渉権についての原則の適用に関する条約)
(c)強制労働の禁止 29号(強制労働に関する条約)
105号(強制労働の廃止に関する条約)×
(d)児童労働の実効的な廃止 138号(就業の最低年齢に関する条約)
182号(最悪の形態の児童労働の禁止及び廃絶のための即時行動に関する条約)
なし雇用及び職業における差別の排除100号(同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬に関する条約)
111号(雇用及び職業についての差別待遇に関する条約)×
(e)*********

*中核的労働基準の4分野8条約と「2項」の関係は、
4分野の内「雇用及び職業における差別の排除」が抜けて、代わりに「(e)最低賃金、労働時間並びに職業上の安全及び健康に関して受け入れ可能な労働条件」が入っている。
8条約、フィリピンは全て批准しているが、日本は2つ批准していない。 (2007年7月現在のILO駐日事務所の一覧による。日本の批准条約総数は現在、48)

アジア各国の批准状況(英語Ratifications of the Fundamental human rights Conventions by country in Asia & Pacific )
5.労働者の保護は極めて限定的 ILO条約との比較検討
(ア)「努める」!

「労働者の権利に対する支持を弱め、又は低下される形態でそのような法令の免除その他の逸脱措置を行わないこと又は行う旨提案しないことを確保するよう努める。」

「努める」!普通の規定にも思えるが、「努める」と言わざるをえない状況がある。「行わないこと」で条文を終われない状況があるように思えて仕方がない。

日本においてもアメリカの対日要求(日米投資イニシアティブ)との関係で、労働者保護法制の規制緩和が進められている。日本とフィリピンをはじめとした諸国との関係では、日本の要求?で、労働者保護が弱められる可能性は高い。在外の日本人商工会議所は、相手国政府に要望書を出し続けている(フィリピン日本人商工会議所の場合は、最低賃金の引上げ反対、etc.)。そうした前提で条文を読むと…

(イ)領域(分野)の限定

協定は、「国際的に認められた労働者の権利」を全般的に認めるのではなく、2項で、「次の国際的に認められた労働者の権利に直接関係する各締結国の法令をいう」として、(a)〜(e)の5領域しか挙げていない。
(後で見るように、ILOの主題別分類は22項目に分けられている)

(ウ)「直接関連する」に限定

その上、「直接関連する」という限定をつけており、非常に限定されている印象を受ける。

(エ)「受け入れ可能な労働条件」?

(e)は、「受け入れ可能な労働条件」と、何かはっきりしない物言いになっている。「直接関連する」という限定と、「受け入れ可能な労働条件」のアイマイさは、とにかく労働者保護関係の法を認めたくないという感じしか受けない。

それを、ILO条約の批准状況から見ていきたい。

(オ)日本は、「国際的に認められた労働者の権利」を認めていない。

そもそも日本はILO条約の批准は、180以上ある条約のうち、48しか批准していない(=その他は、国内法令はあったとしても、批准できるような状態にないということ)(2007年7月)。日本は、「国際的に認められた労働者の権利」の4分の1程度しか認めていないと言える(フランス・イタリア・スペインなどは、100を超えている)。

(e)の領域に即して言えば、

*「賃金 現状に適合する最新の条約・勧告」は、4つの条約の内一つ=1970年の最低賃金決定条約(第131号)しか批准していない。

*「労働時間、週休及び有給休暇 現状に適合する最新の条約・勧告」は、3つの条約の一つも批准していない。

*「労働安全衛生 一般条項 現状に適合する最新の条約・勧告」は、2つの条約・1つの議定書の一つも批准していない。

(カ)フィリピンもまた、「国際的に認められた労働者の権利」を認めていない。

現在、33しかない。日本と同じように見ていくと、

*「賃金 現状に適合する最新の条約・勧告」は、4つの条約の内二つ批准している。(C94,C95どちらも日本が批准していないもの)

*「労働時間、週休及び有給休暇 現状に適合する最新の条約・勧告」は、3つの条約の一つも批准していない。

*「労働安全衛生 一般条項 現状に適合する最新の条約・勧告」は、2つの条約・1つの議定書の一つも批准していない。

*日本とフィリピンがどちらも批准しているものは、11のみ。
日本の批准状況(英語)
フィリピンの批准状況(英語)



参考/ILO 駐日事務所の条約・勧告の主題別分類は22項目挙げられている。

日比FTAの5領域以外にどんな領域があるのか?素人には頭に浮かばないので、
以下、 ILO 駐日事務所の条約・勧告の主題別分類

ILO103条2項
1. 結社の自由、団体交渉及び労使関係、 (a)結社の権利
(b)団結権及び団体交渉権
2. 強制労働、 (c)あらゆる形態の強制労働の使用の禁止
3. 児童労働の撤廃、児童及び年少者の保護、 (d)児童及び若年層の労働に関する保護
(児童の雇用に関する最低年齢並びに最悪の形態の児童労働の禁止)
4. 機会及び待遇の均等、
5. 三者協議、
6. 労働行政及び監督、
7. 雇用政策、雇用促進、
8. 職業指導・訓練、
9. 雇用保障、
10. 賃金、 (e)最低賃金、労働時間並びに職業上の安全及び健康に関して受け入れ可能な労働条件
11. 労働時間、 (e)最低賃金、労働時間並びに職業上の安全及び健康に関して受け入れ可能な労働条件
12. 労働安全衛生、 (e)最低賃金、労働時間並びに職業上の安全及び健康に関して受け入れ可能な労働条件
13. 社会保障、
14. 母性保護、
15. 社会政策、
16. 移民労働者、
17. 船員、
18. 漁船員、
19. 港湾労働者、
20. 原住民及び種族民、
21. 特殊なカテゴリーの労働者、
22. 最終条項

6.2項に挙げられていないものは労働者保護を弱めても良い!
〜「第4条 法令の見直し」と合わせて考える必要性
*2項の5領域に挙げられていないことについては、1項と合わせれば、「保護を弱めても良い」「保護を低下させることにより投資を奨励することが適当」である。と読める。

*更に「第4条 法令の見直し」と合わせて考えれば、第2項で挙げられているもの以外は、「貿易制限的でない様態で対応することができる場合には、その法令を改正し、又は廃止する可能性を検討する」ということになる。

*4条の論理を徹底すれば、ILO条約批准の撤回…という話も出てくる。
7.日系企業のフィリピン労働法改正要求
以下のサイトを見れば、貿易・投資の円滑化のために、多くの国の法改正・法制定を求めていることがわかる。その一つとして、フィリピンの労働法の改正などを求めていることがわかる。

(ア)貿易・投資円滑化ビジネス協議会

フィリピンにおける貿易・投資上の問題点と要望 雇用
8.フィリピンのみにある規定
EPA交渉は、2004年1月、マレーシア、2月フィリピン、タイと交渉を開始している。
2007年7月までに署名しているのは、
日・シンガポール経済連携協定(2002年1月)
日・メキシコ経済連携協定  (2004年9月)
日・マレーシア経済連携協定 (2005年12月)
日・フィリピン経済連携協定 (2006年9月)
日本・チリ経済連携協定   (2007年3月)
日・タイ経済連携協定    (2007年4月)
日・ブルネイ経済連携協定  (2007年6月)

協定のテキストに目次のないものもあり、見落としがないとは言えないが、これまでのところ、フィリピンの「第103条 投資及び労働」に当たる条項は見当たらなかった。

現在、日本政府は、「過去の交渉の蓄積を活かし、交渉開始当初から仕上がりの姿(条文案)を雛形として相手国に提示する。」( 日本の経済連携協定(EPA)交渉(平成19年6月)(PDF) 9ページ)としている。これまでも概ね似たような構成・条文になっているが、これからどうなるのか注視していく必要がある。

フィリピンとマレーシアの比較
フィリピンマレーシア
100一般的なセーフガード措置 88一般的なセーフガード措置
101信用秩序維持のための措置 89信用秩序維持のための措置
102 環境に関する措置 90環境に関する措置
103投資及び労働 ****
104収用を構成する租税に係る課税措置 ****
105利益の否認91利益の否認

「解説 FTA・EPA交渉」(日本経済評論社)の「条文を理解する」の「投資」では、日・マレーシア、日・メキシコが例として挙げられている。残念ながらマレーシアの規定を基に解説しているので、「第103条」については触れられていない。
9.参考/憲法 労働に関する条項
(ア)日本国憲法

第27条 すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。
2 賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。
3 児童は、これを酷使してはならない。

第28条 勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。

(イ)フィリピン共和国憲法

第13条 社会的正義と人権

労働

(労働の保護)
第3節
 国は、国内のあらゆる地域における労働はもちろん国外における労働も、また組合にかにゅうしているといないとにかかわらず、全ての労働に対して十分な保護を与えなければならない。また、すべての人に対する完全雇用と雇用機会の平等の実現につとめなければならない。
 また、国は法律の定めめるところにより、罷業権、団結権、団体交渉権および協約権を含む、平和的手段による団体行動を、すべての労働者に保障する。労働者は、身分の保持、人道的な労働条件、および生活に必要な賃金を得る権利を有する。労働者はまた、法律の定めるところに従い、自己の権利利益に関わる方針の設定や意思決定に参加することができる。
 また、国は、労働者と使用者のあいだの責任分担の原理を促進し、紛争解決においては調停等の任意的手段によるべきことを勧め、産業の平和の増進のため、労使の協調を目指すものとする。
 国は、労使の関係を調整し、利潤に対する労働者の正当な権利、および、投資による正当な報酬と成長・発展とに対する企業の権利を保障する。