1999年10月、徳島を原付バイクタクトで後にしたのだが、その行為を夫だったひとは、
『捨てられた』
と言い表した。
断固として言うけど、それは違う!
出て行け と三回言われたから、仏の顔も三度まで と私は出ることにしたのだ。
だから、私が追い出された というのが本当のところなのだが、そこはそれ、どれだけ言い募ってもせんない話。
それに、勝手気ままなおんな というレッテルを貼られるのなら、出奔した とか 夫を捨ててきた と言ったほうが
おもしろいかな と思うようになっていった。
勝手に単身赴任よ と最初は言っていた。
実際そうだった。離婚せず、夫の扶養のままで神奈川県に住まいを見つけた私は、本当に勝手に単身赴任してきたのだ。
その話を聞いて、どんどん夫は美談の人になり、私はわがまま勝手な奥さん ということになっていった。
それでも別段腹は立たない。
私の話を、面白おかしく話題にして楽しんでいる同僚がいることが不思議だった。
むかしはあれほど、話を聞いてもらうことを、話題の中心になることを期待していたのに・・・
瀬戸内寂聴さんの本を読んでから特に、“出奔” という響きが気に入ったのだった。
寂聴さんほどのスリルもドキュメントもないまま、ただ 私は夫や子供のもとを出たんだけど、出奔した と言うと、
そこにはわくわくするようなドラマがあるような気がしたのだ。
本当のところは、う〜ん やっぱり性格の不一致になるのかな?
奇麗事にして書いてみると、私は彼を嫌いではなかった。それどころか、彼の話題豊富な部分も彼とのMake Love
もとても好きな部分だった。
もちろん 彼だって私をとことん愛していた・・・
じゃあ何が私を出奔へと駆り立てたの?
夢 なのよね。。。
私がどんどん彼に育ててもらって、自分の生かされている理由を見つけた と喜んで、人生設計を立て直しているとき、
彼は私を、現実から逃避しているように思ったみたい。
自分との生活から離れていく私を、許せなかったのだろうな。
そうだ! 寂聴さんの夫だった人の教え子との恋騒動も、きっと出奔するための理由に過ぎなかったのだ。
徳島での生活から、自分を殺して生きている生活からの出奔に、その人を使ったのかもしれないな・・・
寂聴さん、勝手な推理をして ごめんなさい。。。
私も仮初めの恋をしたから、恋をしたのかもしれない と思ったから、余計に夫の発言を “渡りに船” とばかりに
飛びついたのだろうな。
やっぱり 出奔やん。。。
皮肉にも、今日は彼と結婚した日・・・
2003.11.4