妊娠後期のこと
お休みの日にすることといえば、ベビー用品の買い物がほとんどでした。
お腹も重くて動きが鈍くなり、行動するのは嫌だったけど、ベビー用品の買い物だけは、とても楽しかったです。
夜は運動不足解消と安産のために、2月で寒かったのですが、毎日30分から40分くらいの散歩をしていました。
検診も月に2回になりました。
☆28週4日目☆
何ヶ月振りかでエコーをあてました。あかちゃんは逆子ではなく、やや小さめだけど順調といわれ、安心しました。
でもなぜか体重だけは増えてるんですね、実は食べ方のセーブがきかなくて悩んでいたんです。
☆30週4日目☆
入院の予約をし、入院に必要なもののリストをもらって、いよいよだなと思いました。
気が早い私はすでに自分なりの荷物の準備をしていましたが、改めて見直しをしました。
後期に入るとお腹が急に大きくなるってきいていたのですが、本当でした。
母子手帳に記入する数値が、いきなり増えてました。体重はいつものことですが・・・。
8ヶ月終わり。
ベビー用品はだいたいそろいました。入院の荷物も出来ました。あとは産後の里帰りの準備をするだけ。
大きなお腹のせいで、夜もなかなか熟睡出来なくなりました。仰向けは絶対無理。横向きでも辛くて寝返りばかり。
午前3時ごろ、決まって新聞屋さんのバイクの音で目がさめて、毎朝ボケてました。
だけど、部屋の隅にあるミルクやオムツを見るとうれしくなって、頑張ろうって励みになりました。
☆32週4日目☆
お腹が張ってるといわれました。疲れたらこまめに横になるようにと。
最近はお腹のあかちゃんも元気すぎて、胎動が激しく、夜も眠れないこともありました。
元気なのはいいことなんですけど、私は辛かった・・・。
小さめなのは相変わらずだけど、小さく産めばお産も楽だと思って気にしないようにしていました。
☆34週6日目☆
お腹のあかちゃんは右向きだよ、と先生は言いましたが、エコーの映像を見てもさっぱりわかりませんでした。逆子でさえなければどっち向いててもよかったんですけどね。
とにかく重い!重い!!重い!!!
このころは「早く出て来い!」そればっかり思っていました。
いよいよ臨月!
でも、ふたごっていうことは・・・相変わらず知りません。
私は一体いつ「ふたごちゃん」宣告を受けるのでしょう?(笑)
☆36週4日目☆
自分でも気がついていました、足のむくみ。やっぱり言われました。
体重も増えてるし「食べる量と塩分を控えなさい」といわれました。妊娠中毒症のおそれがあるからですね。
怖い病気だというし、気をつけなければ・・・。
☆37週4日目☆
この日は主人の28回目の誕生日でした。検診の帰りにケーキを買って帰ろうと、浮かれた気分で病院へ。
ところが・・・。
いつものようにお腹にマイクをあてて心音を確認していた先生が「ん?」と言ったんです。それから丁寧に、いつもの倍以上の時間をかけて音を探っています。
何?あかちゃんの具合がよくないの?
すごくすごく心配になりました。
そして・・・。
「こりゃ、ふたごだな。子宮口も3cmあいてるし、この2.3日で陣痛が来る」
と。
なに言ってるの、この人って正直思いました。
だいたい自分がふたごを育てるなんて夢にも思ってなかったし、もう産み月だったし。
それから先は何を言われたか覚えていません。
ただただショックで、市役所でもう一人分の母子手帳をもらった後、ケーキ屋さんに入る代わりに電話ボックスに入っていました。会社の主人も「ふたごだとー!!」と絶叫。その後は仕事にならなかったといっていました。
☆38週4日目☆
まだ、陣痛は来ず、NSTをやりました。仰向けの40分は拷問のよう。しかもそこは陣痛室で、隣のベッドには陣痛を迎えた産婦さんが苦しんでいます。その奥は分娩室で、たったいま入ったばかりのような産婦さんが絶叫していました。
こわかったです、目の当たりにして。自分はこの人たちより長い時間苦しむことになるのかな、って。
結局私がNSTをやっている最中に、その産婦サンは無事出産。約20分でした。初めて生で聞いた産声に、私は一人感動していました。おめでとうって。
☆39週4日目☆
「中毒症がひどい。今すぐ入院だ」これが先生の第1声。
しかも、多胎ということもあり、市内の大きな病院に転院するようにといわれました。
自分ではむくみくらいであまり変わってるつもりはなかったけど、そういえば尿も出なくなっていました。
紹介状を書いてもらっている間、私は主人の会社に電話、早退した主人の帰りを待って、紹介された病院に向かいました。