入院、出産編


病院へ向かう10分ほどの間に1、2回痛みがきた。
病院の敷地に入り、助手席から降りたとたんまた痛みが来た。

「不規則だけど、きっとこれが陣痛だろうな。帰されることになったら、これはこれで結構辛いぞ」

不思議だけれど、陣痛は初めて経験するはずなのに、それまでの痛みとはっきり区別がついた。

夜間通用口の警備のおじさんに「お産です」といって中に入れてもらい、2階の産婦人科病棟に
向かって休み休み階段を上がった。

あと5段というところで再び陣痛に襲われ、座り込んだ私の代わりに、主人がナースステーション
に言ってくれてそのまま診察室へ。

先生いわく「5センチあいてるわね。よかったね、陣痛が来て。入院しましょう」ちょっとホッとした。

リラックスルームと呼ばれる陣痛室に入ると、二人の妊婦さんがご主人と一緒に陣痛に耐えて
いるのがわかった。

最初は突然の事態に備えて腕に点滴用の針を確保しNSTを受けた。

自由な体制でTVもあったし主人もそばにいて、陣痛も本格的ではなかったので、深夜のバラエ
ティを見ながら笑う余裕があったけれど、だんだん辛くなり、ベッドに横になることにした。

そこにいるだれもTVを見ていなかったので看護婦さんが消した後、しんと静まった陣痛室には
ちいさくうなる声だけが響いていた、もちろんそこには私の声もあるわけで。

時間がたつのが遅いと感じた。

一度診察されたが6から7センチ開いているということで陣痛室へ戻った。
主人に腰をさすってもらいながら、痛み逃し呼吸法を繰り返し、のいつの間にか朝になっていた。

家で待つ義父母に、まだ生まれそうにないことを告げるのと、朝食をとるために主人が家に
戻っている間、ものすごい不安に襲われていた。

それなのに、陣痛がなぜか遠のいていったのには驚いた。

主人が戻った後、なぜだろうと思いながら看護婦さんに告げると、NSTをもう一度やることになった。

確かに収縮が弱くなっている、何かあるのかもしれないからと先生に診てもらうと、ベビーが顔から
外に出ようとしていることがわかった。

陣痛が弱まったのはそのためで、しばらく様子を見ることになったのだが、切開経験者のため
あまり長くてもよくないということで再び診察を受けると、前の切開のときの傷が薄くなってこのまま
では子宮破裂を起こす可能性が出てきたので緊急帝王切開になってしまった。

手術室の準備の間、分娩室で手術のための処置を受け、私は泣いてしまっていた。

また、自力で産めなかった、悲しすぎた。

助産婦さんは「12時間も陣痛に耐えてがんばったんだから、もう立派に自分で産んだのと同じよ」
と慰めてくれた。

そばに来てくれた主人に「ごめんね、行ってくるね」と言って、私は手術室に入った。

手術台の上で、最後の陣痛に耐えた後、麻酔を打ってもらうと、それまでの痛みが嘘のように
なくなってしまった。

3年前に経験したことと同じことが繰り返された。

その間呼吸困難を起こし、血圧が90をきったことと、生まれた赤ちゃんが一人で女の子だということ
が違っていた。

2度目とはいえ、やはり手術は怖い。

今回はプラスチック製の薬の容器を握っていた私だった。




入院中、私はかねてから病気療養中だった父を亡くした。

娘が生まれて翌日に急変して、娘と入れ替わりのように産後5日目に旅立ってしまった。

娘の写真を見せることができたのが最後の親孝行になってしまったのはとても残念だったが、悲し
みに浸る暇は正直なかった。

自分は安静のはずの術後の体を動かして、お通夜と告別式に出席、その外出のたびに病院に
届けを出し、娘を新生児室に預け、自宅へ戻り、用意をして、終わったら病院に帰る。

いろいろ思い出したくなくて病院に戻ったら頼んで娘をつれてきてもらい、一緒にいる。

忙しいせいで、悲しんでいられないのがせめてもの救いだった。

それがなければ、私はずっと泣いているだけだったかもしれない。

そして、術後11日目に無事退院の日を迎えた。