Vol 13

4月6日(木、晴)ママ
AM8:05 弟からTEL。『兄ちゃん(管理人の事)また、調子悪いんか?車あるぞ。』
ちがう、今日は愛美の小学校の入学式やねん。今日はすごく天気がいい。お空は真っ青、よかった、よかった。
夕べは吸引してるのもわからなかったぐらい寝てしまった。
AM9:00 N先生回診。その時、ラジオをつけていて“夜桜お七”演歌が流れてて
『お母さん、なんてシブイ。』って言われました。たまたまだったんだけど・・・
AM9:40 熱 36.4℃ 血圧 138/76
そういえば、今朝おしっこ漏れていなかった。
PM2:30 パパが来る。 体拭き、洗髪。
愛美も2週間ぶりに髪を洗ってもらってさっぱり。
PM3:00 小学校の校長先生と担任の先生が来て下さる。これからの学校の事を話て下さいました。
PM5:00 ママ一時帰宅。 PM8:20 病院到着。
パパ友達のHさんが来てくれていた。
PM10:30 Hさんとパパ帰宅。
パパの作ってきてくれた、ご飯(おかず)は明日にとっておこう。
遅すぎてレンジでチン!しにくい・・・

4月7日(金、晴)ママ・管理人
看護婦のKさんが新人のKさんを連れて来た。今日は愛美の担当らしい。
Kさんがミスった!グリセオールのルートを止めてしまい、グリセオールは輸液の方へ行ってしまい、一杯になってしまいじゃじゃ洩れ・・・1時間ぐらい愛美の中には何も入っていない状態で・・・・
それが原因かどうかわからないけど、点滴がまた洩れてしまい差し替え。
3日に1回ぐらいのペースに点滴の針を差し替えているので、『エルキャス』というやつをする事になった。
ひじの所から30cmぐらい血管の中に管を入れるというやつだ。
N、K、先生、新任先生と新人ナース3人と部屋はいっぱい。ママとTちゃんのお母さんは外で待つことになった。20分ぐらいで終った。
これはうまくいけば1ヶ月くらいもつそうだ。
体拭き、新人のKさん。その後、口のブロックの取り替えと掃除。口内炎や、皮むけやらですごい状態。(涙) イソジンで洗い薬を塗ってもらい少しマシになればいいけど・・・
吸引してもらってる時に痰?胃液?をもどしてしまう。
看護婦Kさんがそつなく処置。一応N先生に見ていただく。
『気管チューブのバルーンをふくらませたままチューブの固定とかしたし、一気に全部やってしまったから疲れもあるのかな?』 っと言っていた。
何もなければそれでいい。 血圧125/84
(管理人)
萌美を連れ病院へPM8:00到着。 PM9:00ママと萌美は帰宅。萌美はすごい嬉しそうに帰っていった。
PM10:20 ママに言われたようにイソジンで愛美の口の中を消毒し、唇の裏に薬を塗ってあげた。
皮が沢山取れた、少し痛そうだった。その後指の爪を切った。
手足、ほっぺにワセリンを塗ってあげた。肌がそこらじゅう”カサカサ”になっていて、せめてワセリンでも塗ってあげないといけないなって思った。
愛美はもう、意識があるかないかわからない・・・
早く元気になってくれ!愛美!

4月8日(土、晴)管理人
AM7:40起床。 なんか、尿の出がよくないような気がする。
AM9:20 熱 36.0℃ AM10:25 N先生回診。点滴の差し替え、注入する薬が変わった事など言っておられた。あと少し雑談。
PM1:00 昼食。 PM1:45 体拭き。愛美のお股を洗ってもらっている時、横からお湯が洩れていてシーツが濡れてしまった。体拭きの後、取り替えてくれた。
PM2:25 血圧 119/75 
PM4:15 Tちゃんのお母さんが来てくれた。愛美の足をさすってくれ、30分ぐらいで帰っていった。
PM5:00 友達のYが来た。 PM7:00 ママ到着。
久しぶりに家の向かいにあるたこ焼き&弁当屋のお弁当を買って来てくれたので食べた。
Yがしきりに『病院泊まったるから水子供養に行け!』と言うので、そうした方がいいのか?っと思っていると、ママは頑なに断ってしました。
ママは”えらい!”と思った。何のために病院に泊まっているのか意味を忘れる所だった。
愛美と一緒に居てるのは、やっぱり俺とママしかダメだからだ。
それに自分は1日でも長く愛美と一緒に過ごしたいがためにここに泊まっているんだと・・・
すごく反省した・・ごめんね、愛美。
実は愛美の上に子供がいてました。下ろしてしまいましたが・・・
Yはそれを知っていたので上の子を供養してあげることで愛美が少しでもマシになるんじゃないかと思っていたらしい。
何かにすがりたくなるのはよく分かる。自分自身もそうだったから・・
PM8:25 血圧 119/59 PM11:00 熱 35.9℃
AM1:30ぐらいまで、写経をしながら、頭を冷やした。

4月9日(日、晴)管理人・ママ
今日は、愛美の息遣いが荒かったのでAM2:00頃まで起きていた。
看護婦さんが来て何事もなかったみたいなので寝た。
AM8:30起床。 AM9:15 熱 36.1℃ 最近熱は、普通みたい。
愛美は暑いのか寒いのか分かりづらい。
PM2:05 体拭き。 今日は結構何事もなく、暇だった。
PM5:20 血圧 140/76 熱 35.4℃ PM6:10 血圧111/82
(ママ)
AM10:00起床。PM12:00からおかず作り。 PM1:30昼食、カレーを食べた。
今日はみょ〜に1人で食べるのが淋しい気分になった。
(萌美はパパの実家で泊まり。)
PM4:40家を出る。 PM5:00パパの実家に到着。
萌美は山登りで疲れて寝ていた。起こして施設に行こうとしたら萌美、大泣き。
何とか車に乗せたものの、施設に着くまで大泣き。パパのTELで少し落ち着いたのかすんなり、行ってくれた。 萌美には申し訳ないと思った。
その時に施設の人が来て、その人は5年前ぐらいに車を買った中古屋さんにいてた人で、縁があるんやろうねっと少し喋ってPM6:05頃病院に向かう。
PM7:00病院到着。パパとご飯を食べる。
愛美の尿の回数がやはり少ない。パパも心配していた。
PM8:00Yさんが来る。PM9:00パパと2人で帰った。
PM9:30痰でゴロゴロ言い出す。ちょうど点滴切れで、看護婦さんが来てくれて吸引。
そのついでに体交、オムツ交換。また、股の皮が剥けてきた。薬とワセリンを塗る。
熱 36.1℃ 血圧 118/70 そんなに高くないので、夜のアダラートは入れない事になった。

4月10日(月)ママ
AM4:00自動血圧計を部屋に入れる音で起きる。夜中に血圧測るなんてないから飛び起きた。
すぐに、Y先生も来て、???で、血圧82/52最近では見たこともない数値で酸素量も7リットルにしたって・・・けど、すぐに落ち着いたみたい。
Y先生『ちゃんと息しいや、脈しっかりしてるから大丈夫。』と言って帰っていった。
それから、看護婦さんに聞いたら、息が浅くて速かったらしく、対光反射も悪かったらしい。
寝れなくて愛美を見ていると、また息してない感じがしてパルスを見たら90切っていて看護婦さんが来て酸素8リットル、血圧88/31 熱35.3℃ 
ママも布団を掛けて体の向きを色々変える。

ここで日記終り・・・・

(管理人)
AM4:50頃、この日は朝早くから仕事があったので起きていた。ママからTEL。
『愛美が!愛美が!』とママ半泣きで愛美の様態が悪くなったと言うので、とりあえず会社にTELを入れる。会社の人も了解してくれ、病院へ急いで車を走らせた。
部屋に到着すると、愛美には『アンビューバック(手動人工呼吸器)』がつけられていた。
もう、何がなんだかわからなくなり、ママに聞くがママもパニックになっている。
病院の先生が、『もう、危ないので身内の方に来てもらって下さい。』と言った。
機械の血圧の数値を見ると、なんと60とかになっていた。
パルスもだんだんと数値が下がってくる。
とりあえず両親と兄弟、萌美の施設に連絡する。
愛美はもう自分でほとんど息をしてくれない・・・・・
こんなに早く、こんな事になるなんて・・・・・何故?
AM7:00頃には両親と兄弟も駆けつけてくれる。担当のN先生も来てくれ、N先生がアンビューバックで愛美に息を吹き込んでいる。もう両母親は泣き崩れている。
僕とママは、愛美の手を握りながら、声を掛けてやる事しかできませんでした。
すごい、悲しくて悔しい反面、自分の中では、もういいよ、がんばりすぎたから楽にしてやった方がいいのかも・・・と思ってもいました。
だんだん、脈拍も、血圧も下がり、手も冷たくなる。
一生懸命、手や足をさすった。内心、楽にしてやりたかった・・・けど1分1秒でも愛美と居たい。
元気にしてあげたいと思いが交錯する中で必死になった。
アンビューバックを握るN先生の動きがだんだんとなくなるのが分かった。
N先生もゆっくり自然に眠りにつかしてやりたかったのだろう・・・

2000年4月10日、AM8:55 愛美は安らかに眠りについた・・・・・・
僕は、愛美に『おつかれさん。よくがんばったね。もう苦しい思いしなくていいから・・』と言いました。
それから、涙が止まりませんでした。
ママも泣き崩れ、愛美を看取ってくれた両親、兄弟も・・・・・
N先生や看護婦さん達も泣いてくれました。

ごめんね愛美。とうとう、助けてやれなかった・・ふがいないおっとうを許して下さい。
そしてありがとう、愛美。ここまでやってこれたのは愛美のおかげです。
これからは、お空で自由に遊んでな。もう一杯遊べるはずだから・・・。