2001年9月17日
今日無事に退院します。
術後の経過も順調で、自宅療養になりました。一ヶ月にわたる入院生活の為か「お家に帰るよ」と言うと、病室のベットを指差すしまつ・・。(苦笑)退院するときにはお世話になった皆さんに挨拶をして帰ります。一通り挨拶がすんで帰ろうとすると、病室の入口の廊下一杯に皆さんが集まって、見送ってくれました。皆さんには感謝の気持ちで一杯です。ありがとうございました。そして、皆さんも早くよくなってください。二週間後には受診しますが、皆さんに会えるかな?という気持ちが半分、会えないかな?という気持ちが半分です。元気に退院して会えないというほうが良いのですが・・・。
2001年9月5日
今日は手術です。昨夜は1時前に家に着きました。すぐに寝ようとしたんですが、寝付けません。うとうとしながら6時過ぎには目が覚めました。7時30分には病院へ向かい、8時30分過ぎには病院に着いてました。
病院に行ってる途中、今日OPができると連絡がありました。午前中は特にすることもなく、OP時間を待ちます。13時30分、予定より1時間程遅れて服薬(睡眠導入剤のようなもの)しました。OP室へ行くとき美悠は同室の患者さんや周りの病室の患者さん、掃除の職員さん、看護婦さんなど何人もの人達に励まされながら行きました。美悠は朦朧とした意識の中でも、バイバイしてました。14時OP開始。あとは任せるしかありません。19時過ぎ、家族待合室の電話が鳴ります。「成功です。」正直な話、CCU(集中治療室)にいって美悠の顔を見ても実感が湧きませんでした。主治医のOPの説明を聞きながらジワジワと実感が湧くそんな感じでした。
術後の美悠の身体にはたくさんのチューブがつながっています。点滴、ペースメーカー、人口呼吸器、ドレンチューブなどです。でもこのチューブの一本一本が美悠の生命をつないでいるものと思えば、痛々しいとは思えません。
2001年9月4日
15時過ぎ、病院より職場に電話がかかってくる。
「明日手術が決まりました。書類作成と事前の説明をしたいので、今日来院してもらいたい。夕方までに来れますか」と聞かれる。たまたま今日は早出勤務であったので、明日を急遽休ませてもらう段取りをして、16時30分の終業と同時に病院へ向かう。
高速道路を飛ばして病院に着いたのが、18時。19時ごろからOPの説明を聞く。
・現在の状況は、僧帽弁逆流症といい僧帽弁を支えているヒモ(腱策)が伸びてズレがおき、逆流につながっている。
・完全に直すことは出来ない為、逆流の量を減らせればよしとする。
・OPの時間は3時間程度であるが、前後の処置に1時間ずつはいるため、計5時間のOPとなる予定である。
・心房から開いて、僧帽弁の周囲を小さくし、その後腱策を縮める予定であるが、開いてみないとわからないOPであるため、実際にはどうなるかはわからない。普通、10ヶ月ぐらいの子供の場合、腱策は細い糸のようなため、縫うことは不可能に近いらしい。
・最終的な判断は執刀医にまかせるしかない。
ただ、心配なのが、今日の午後、香川県から急患が入り、19時ごろから緊急OPが始まっているということ。
そのOPの結果によっては、明日のOPの予定者が変更になる可能性もあるらしいんです。明日の朝に正式に決定しますと言われ、おそらくOPできると言われていても、やはり不安です。
書類を作り、Drの話をきき、ごそごそしていると、あっという間に23時前になっていた。明日は8時過ぎには来院すると伝えて今日は帰る。美悠はやや不機嫌です。21時から食事禁止なので検査の合間をぬって食事をさせるのでしょうがないです。飲物は明日の9時まではいいそうなのが救いです。