Welcome Welcome
 
妊娠発覚!切迫流産となる

平成15年1月6日(月)私も妊娠?
今日、生理が来てもいい日。高温期14日目。お正月休みで今日まで休みのため、家でのんびりしていた。
旦那は、仕事。イトウヨーカ堂へ行って、帰り私の好きなサラダせんべいでも食べてテレビでも見ようと計画。
でもその前に、妊娠しているかどうか確かめてから、お菓子を買おうと思った。
以前に買ってあった検査薬が見つからず、薬局にて再度購入。トイレで試すこと、1分。
あれ、線が見えるよね。何度も確かめてみる。うそー!ついに私も妊娠したんだー。
いざわかると、ちょっとうろたえる。どうしよ、何食べたらいいのかな、座っていた方がいいのかな。
おろおろ。旦那に急いで電話で伝える。旦那は、驚いていたけど喜んでくれた。私は、相変わらずおろおろ。
旦那は、早く帰ってきてくれて、ケーキでも買ってこようかと気を使ってくれる。嬉しい。
帰ってきて旦那に検査薬をみせる。ほんとにこのとおりだねと。
BIG プレゼントだね。
やっと、我が家にもお子が来てくれることになりました。
安定するまで、不安でもありますが とってもHAPPYな日でした。


平成15年1月9日(木)わくわくしちゃう!
わくわく!妊娠確実かな。
早速かかりつけのO病院へ連絡し、予約外で診察をしてもらう事になった。
まだ早すぎたのか、超音波にはこれかなあという点らしきものしか確認出来なかった。
でも先生は、「市販の検査薬は99%正確だから多分そうでしょう。
あえて尿検査はしませんが、2週間後くらいにまた来て下さい。その時わかるでしょうから。」
いや〜待ち遠しいなあ。会社には、はっきり分かってから連絡しよう。


平成15年1月17日(金)しゅっ出血が〜
今朝、トイレに行くと茶褐色の出血があった。
ひやー病院へ行こう。。取りあえず会社があるので、病院は午後から行こう。
早速かかりつけのO病院へ電話し、出血があった事を告げ午後予約外の診察をしてくれる事になった。
午後、先生に会って見ると「出血したんだって?まず診てみましょう」
と真剣な眼差しでちょっと深刻な雰囲気なのにびくびくした。
結果、超音波には袋が写っていた。
「今度ははっきりと写っているので、妊娠は確認出来ました。
でも出血があったので、これが育つかどうかまだ分かりませんよ。
出血が止まるまで安静にして下さい。
ご存知のようにここは産科がないので、次回からは産科のある病院で診察して下さい。紹介状を書きますね。」
この先生ともお別れかあ。自宅近くのB病院への紹介状を書いてもらった。
「元気な赤ちゃんを産んで下さい」と笑顔で言われ、
今までの苦労を知っているだけに、先生の言葉は身にしみる程嬉しかった。


平成15年1月20日(月)また出血〜
ひゃーまた出血しちゃった!。土日安静にしていたお陰で出血は止まったのに〜。
会社には休みの連絡をし、病院へ電話。予約外の初診なので11時までに申し込んで診察は3時以降になりますと。
え〜こっちは緊急なのに〜。受付ではなくて直接看護婦に連絡を取り、事情を話し1時までに来て手続きをし、
なるべく早く診察をするように手配しますねと言ってくれた。
言われた通り1時手続きをし、呼ばれるまで待つ。
その間、トイレに行くと・・・。うわーーーー。どばっと出血がーーーー
そろ〜っと席に座りふらふらになり待つ。ようやく呼ばれる
「先生出血があったのです。今さっきもかなり多く!」
先生は「分かりました。まずそういう時は座って下さい。立っているのも良くありませんよ。」はあ。
診察をし、「出血してますね。胎児の心臓の動きが確認出来たら安心なのですが、
今のところ胎児の姿はまだ見えないので、流産の可能性もあるということも覚悟して下さい。
8割は大丈夫なのですがね。」
血の気が引いた。
今まで、期待を裏切られたばかりの日々だったのでいい方には考えられなかった。
というより悪い方に考えて少しでもショックを和らげようという心の弱さからだった。
「では先生、流産だとするとどういう処置をするのですか?流産だとするとーーー」
先生は「全部でないで残ったままだと、手術して取り出すようになります。
でも80%は大丈夫なのだから希望を持ってください!」はあー。
次の診察は1週間後。会社に事情を話し、それまで休む事を承諾してくれた。
私は、その日から家で安静の毎日。
ベットから見えるお月様、お星様、あらゆるものにすがりお願いした。
「どうかちゃんと育ちますように。苦労してやっと得た我が子です。
この子の命が私の生きる糧です。もしダメなら私は立ち直れません。
大事にしますからお願いです。」それはそれは毎日お願いしました。
情報を得ようとHPで出血の情報をいろいろ調べまくった。
意外と多くの方がいる事が分かり勇気ずけられたがやはり現実となると、生きた心地がしません。
次の診察まで大変な日々でした。  


平成15年1月27日(月)決戦の日!?
とうとう決戦の日が来た!胎児の心臓の動きが確認出来なければ・・流産決定なのだ。
覚悟を決めて病院へ向かう。心配なため旦那も会社を休んで付き添ってくれた。
呼ばれるなり早速内診。
私はすかざず「先生!赤ちゃん元気ですかあ!?心臓動いてますかあ!?」
先生は首をかしげ「赤ちゃん?」。
タツノオトシゴらしきものを赤ちゃんと見なしていないらしい。
そんな事はどうでもいいのだ。はやく白黒はっきりつけて欲しい!
そのうち看護婦さんが察したのか「赤ちゃん元気に動いてますよ〜」
先生もその後(早く言って欲しいのに)「あ〜これが心臓。分かる〜?ピクピク元気良く動いているでしょ」
ほんとだあ。動いている!良かった〜。
もうこの瞬間まで生きた心地しなかったんだから。本当良かったあ。
それを聞いた旦那は、はたから分かるくらいどっしり乗った肩の荷がいや鉛が下りたようだ。
大変喜んでくれた。
私なんか一生分の宝くじが当たった気分だ。
でも、もとはと言えば、前回の医者が流産の可能性を言うからいけないのだ。
20%なら言わなくてもいいではないか。とちょっとうらんだりもした。
そして血液検査を受けるように言われた。
検査室は混んでいるため時間がかかりそうだ。旦那は午後は会社出勤のため帰る。ありがとうね。赤ちゃんも頑張っているんだ。私も頑張らないとね。


平成15年2月3日(月)がーん。またまた出血?
今朝また出血があった。どうしてなの〜。
会社へ電話し休む事に。こう何度もだといいづらいなあ。病院で検査したところ、どこからの出血か分からないが、安静にということだ。
帰ってごろごろしていた。このころつわりらしきものが始まる。やたら眠くむかむかする。どっちみち休むんだしゆっくりしよう。


平成15年2月26日(水)11週目。また出血のため通院。つわり激増!
月曜日、会社に行ったら出血してしまった。
午後から休むことに。なんとか出血も収まったので病院へ行く。診察の結果。
「出血も出てないし大丈夫みたいですね。赤ちゃんも元気ですよ」
まだどこからの出血なのか分からないらしい。
診察料は保険が利かない?えっ。出血のため病院へ行ったのに?
担当医は「出血してなかったから保険は適用できないなあ」と。
だって出血している時は動くなってえ!止まったら来なさいってえ!言ってたじゃない!
ふてくされてお金を払いしぶしぶ帰る。
この時期、つわりが極地になる。食べ物はよくあるすっぱいものを欲しがり、極端に私の場合レモンをまるかじりしていた。
お水も味がしなく飲めずレモン水にして飲む。
食事は魚全くダメ!ご飯は味のついたものでないとのどを通らない。
唯一旦那が作ってくれたハヤシライスをちびちびほおばる程度だ。
う〜。つわりは胎児が元気な証拠!と自分を励まし気を紛らわした。いつまで続くのか。


平成15年3月19日(水)14週。出血も治まったが、まだつわりが〜。
3月中旬から出血はなくなったので、会社にも通常出勤した。
通勤がつらいと申し出たら、上司は働きやすいように、10時〜16時勤務を承諾してくれた。
お陰で随分と楽になる。
だって朝の電車は座れないので、気持ち悪くなって1駅で降りて休み休み行くか、
通路にしゃがんでしまうもの。
今日も病院へ行く。内診も問題ないそうだ。
そういえば会社の健康診断で子宮がん検診をやらなかったのを思い出す。
改めて医師にお願いしたところ、「ちょっと内診は終わったからねえ。次の患者もいっぱい待っているし。」とやりたがらない。
でも次回は内診がないので検査してもらった。忙しいのは分かるが、雑で痛かった。
思いっきり痛いと叫んでしまう。この年増の医師はいいかげんに思えてきた。
なにはともあれ山場は超えたように思う。



2003年08月18日 09時26分08秒


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