2003年の年賀状

Hi Y'all from Louisiana!

この1年、皆様にとって実り多い年でしたか。わが家にとっては、またもいろいろとあった年でした。

2002年の始まりを、わが家は日本で迎えました。多発テロの影響で安くなった航空券を利用して、将大(9年=中3)と健太(6年)にとっては生まれて初めての、僕と晶子さんにとっては1983年に日本を出発してから何と19 年ぶりのお正月を満喫しました。今回の旅行には将大の友だちであるチャーリ−を連れていったので、これが珍道中となりました。日本について一から説明するのにみんなで四苦八苦。チャーリーに教えた日本語、「ボクハバカダー」が将大の学校で流行り言葉になったとかならないとか。僕のいとこ経営のペンションに泊まってのスキーも楽しかったよう。

2月にはわが家恒例のスキー旅行でニューメキシコ州へ。健太はまたも滑降でルイジアナ州の年齢別ハンディキャップで第1位(登録選手は全部で3人ですけど)、レッドリバースキー場でも第1位(同じく登録選手は2人)に輝きました。何人が参加しようが、1番はえらい!

5月にはまず僕が、次に健太が、日本に行きました。将大はチャーリーの家族に招待され、コロラドの山荘へ。晶子さんはまだ仕事があったので、6月に将大とダラスの空港で待ち合わせて2人で日本着。僕はワールドカップ会場に泊まり込みで(下記参照)、晶子さんは京都やヨーロッパに行ったりで(下記参照)、将大と健太も日本で別々に住んだりで(下記参照)家族4人が4カ所に分かれて住むことが何度もありました。

晶子さんの実家が引っ越し、手狭になったので、健太は僕の実家から草加小学校に2ヶ月弱通いました。これは何と僕の母校で、校長も僕が昔お世話になった先生でした。健太は転校先にもすぐに慣れ、短い滞在の間にもサッカーチームに入り、健太のチームは千葉県まで遠征したトーナメントで36チーム中5位という成績。健太も右ウイングとして3点を入れる活躍でした。

その一方で将大は去年の夏まで通った石神井中学校に、晶子さんの実家の引っ越し先からバス通学することを自分で決めました。兄弟2人が離れて暮らすのは初めてでしたが、残念ながらその後で2人の仲が良くなったようには見えません。将大は日本での最後の中学校生活を満喫したようで、突然「日本のティーンエイジャー」と化し、日本の音楽に、日本のテレビ番組に、髪の毛まで日本のティーンエイジャーにならって茶髪に染めてしまいました(写真参照)。

賀茂、新保両家のおじいちゃん、おばあちゃん、お世話になりました。またよろしく(笑)。

晶子さんは、日本ールイジアナ友好基金の奨学生(服部フェロー)の日本旅行、自分の生徒たちの立命館高校での滞在の世話や、ルイジアナ州日本語教師会の会長として相変わらず忙しくしています。僕は夏の間ワールドカップ日本組織委員会の放送チームの一員として働き、埼玉スタジアムではあの日本ーベルギー戦など4試合、他にも決勝戦など2試合を仕事の一環として観ることが出来ました。いやあ、良かった、良かった。月日のたつのは早いもので、2002年は僕らの結婚20周年。記念に晶子さんは旧友とパリ・ロンドン旅行に行きました。2003年はウィーンだそうですが、ハズバンドが行くかどうかは検討中です。

夏の終わりには楽しいイベントがありました。晶子さんの教え子の一人、ジミ−・ウィリアムスがNFL(プロフットボール)で活躍しており、ちょうど大阪であった「ジャパンボウル」の試合に招待してくれました(写真参照)。スタジアム中でアメリカ式のプラカードを持っている客がほとんどいなかったこともあり、アメリカでゲームを見ていた健太の友だちは僕たちの家族が3回もテレビに映ったのを見て驚いたとか。

スポーツと言えば、将大はフットボールを休み、バスケ、野球、サッカーをやりました。サッカーでは9年(中3)としては唯一、高校のチーム(ルイジアナ州ディビジョン3で現在第5位)の試合に全て先発しています。健太はフットボールの才能が開花し、ランニングバック(ファンブル0回!)、コーナーバックとして活躍しました。健太のチームは6連勝で、合計得点が150対12という圧倒的な強さ。6年後にはルイジアナ州の高校チャンピオンだと親たちは歓声を挙げてました。他に、サッカー、野球、バスケもやってます。

  晶子さんは読書にはまっていますが、なぜか僕が友人のアレン・ミラーと書いた最新刊(「日本、よいしがらみ悪いしがらみ」日本経済新聞社)は読んでません。日本社会の真面目な社会学的分析よりも小説の方が面白いそうです。この春か夏に出る予定の家族に関する僕の本はもうちょっと軽くて笑えるものになります。

  去る10月でバトンルージュで起こった服部剛丈君射殺事件から10年。僕はお母さんの美恵子さんとドキュメンタリーを撮影にきたチームのお世話をしました。服部さん夫妻は剛丈君の生命保険のお金からYoshi's Gift賞を創設し、毎年アメリカの有望な銃規制団体を助成するなど、銃規制運動を地道に進めています。将大が剛丈君の年齢に近付いて、僕たちが考えさせられることも以前より多くなりました。

  スポーツ、イベント、旅行といつもながらせわしない一年でしたが、晶子さんと僕はちゃんと働いており、将大と健太はちゃんとアメリカの学校と毎週日曜の日本語補習校に通っています。こちらの方も皆及第点のようです。

HAPPY HOLIDAYS and NICE 2003, FOLKS!(良い年末、良いお年を!)

2002年12月

賀茂美則(kamo@lsu.edu)、晶子(kamoa@ehsbr.org)、
将大(shotakamo@hotmail.com)、健太(kentakamo31@hotmai.com)

ホームページ: http://www.kamos.net