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2001年のはじまりは 私達家族にとって凄まじい始まりでした。
何年も前から準備してきたアメリカ永住の予定。時間もお金もたくさん使い 買ってからまだ5年の家も永住のため売却し1月11日に、主人が住まいや車を準備するため私達より2ヶ月早くアメリカに向かいました。このあと私は 友達と会ったり残り少ない日本の暮らしを楽しもうと予定していました。その時は まさかこんな事が降りかかるなんて思ってもいなかったのです
2001年1月19日
アメリカの医療費は 凄く高いって聞いていたしアメリカに行ってもすぐに医療保険に入れないと聞いていたので保険のあるうちに健康診断のつもりで、眼科にかかったのが始まりでした。と言うのも2000年11月に 七五三をしたのですがその時の写真くらいからなんとなく次男 颯人(はやと)が 斜視のように見える時があるなあと気になっていましたが斜視であっても当時2才2ヶ月では手術もまだだしとなんとなく先送りに していました。でもこの際だからと 眼科に行こうかなとそれでも まだ躊躇していたくらいでした。
眼科
寒い北風が吹くなか重い腰を上げて 眼科へ行きました。先生が 暗い部屋で颯人の片目ずつペンライトで照らして反応を見ていましたが、「右目は反応するけど左目がねぇ」って気になる発言・・・そのあと覗く機械の前に座らされて検査するものの小さいので長い間じっと出来なくて結局のところ詳しくは、わからずじまいでした。でも先生が帰り際に言った「この子 左目見えてんのかな?」という言葉だけが残り重い気持ちで家に帰り夕食を食べていると電話が鳴りました。さっきの眼科の先生からで「気になるし紹介状書くから 明日にでも大学病院で詳しく診てもらって」旦那はアメリカだし もうどうしようという気持ちでいっぱいで 主人の母に話してついて来てもらう事になりました。颯人の左目が気になって片目ずつ隠して「見える?」ってしても さっきの診察でイヤになったらしく させてくれなくて困りました。颯人はウルトラマンが大好きなので右目を隠すように細工したウルトラマンのお面をつけさせて 大好きなアメを私の手の平に乗せて「あげるから取り」って手を出しました。そうすると手探りで探すような感じで颯人のちいさな手が悲しく 何度も空を斬りました。そこでこれは大変な事になるかも知れないと覚悟するしかなかったのでした。
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