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誕生
1971年盛夏。予定日より2週間早く生まれる。2500g。
母「あまりおっぱいを飲まないな・・・」
3ヶ月検診
何の不安もなく行った3ヶ月の乳児検診で、心臓に雑音が聞こえるので精密検査を受けるように言われる。
母「あまりにショックで、そのあとどうやって家まで帰ったか覚えていない」
精密検査の結果「ファロー四徴症」という心臓の病気だとわかる。
医師「このまま手術しなければ、12歳までしか生きられないでしょう」
母の不安
一人っ子で病気、だからといって甘やかされた記憶はない。
聞き分けがなければ、往復ビンタで叱られた。でも、「友達と外で元気に遊ぶ」ことができない私の遊び相手は、いつも母。明るくてよく笑い、私は楽しかった。
しかし、友達の前では不安を口にしていたのだろう。そんな母を心配し、気遣い、励ましの言葉が並んだ数通の手紙を私が見つけたのは、つい最近のことである。
おとなしい子供
50m歩いただけで、しんどくてしゃがみこんでしまう私。どこに行くにも、父と母におんぶに抱っこだった。
いつも笑顔で抱いてくれるわけではない。再び元気になるまで、ゆっくり待ったり、重いと文句言いながら抱っこされたり。歩けないしんどさは思い出せないのに、文句を言われながら仕方なく抱かれる気まずさは覚えている(笑)
そんな状態なので、走り回ることなんてあり得ない。
母「あんたは育てやすかったよ。ここに座ってなさい、と言ったらいつまでもそのまま座っていたから」
思い出作り
手術をしたのは5歳の冬。その前の秋に家族で北海道へ旅行している。
私にとっては、初めての寝台車、そして青函連絡船。ホテルのベッドに喜び、熊牧場や札幌テレビ塔で楽しんだ。
しかし、両親にとっては「これが最後の旅行になるかもしれない」という思いがあったらしい。いっぱい思い出を作ってあげよう、そんな悲壮な願いの下に、手術前は本当によく旅行に行っている。
それが、手術後せっかく元気になったのに、ぱったり行かなくなってしまった。嬉しいような悲しいような・・・