

入院
5歳の冬、手術。入院は約2ヶ月。手術が成功する可能性は50%。
母「私の命を半分あげてもいいから、この子を助けてください」
麻酔の匂い
手術の前日、婦長さんがやって来て言った。麻酔のマスクからは、お菓子や果物のとってもいい匂いがするのだと。私が今まで知らないような、いい匂いなのだと。
子供だった私は、その夢のようないい匂いを想像して胸を躍らせた。子供は本当に単純だ。婦長さんの作戦は大成功である。
しかし、現実は違った。想像とかけ離れた匂いに「婦長さんのうそつきー!」と心の中で叫びながら、私は眠りに落ちた。
手術室の片隅で
手術当日は、親戚中が病院に駆けつけて無事を祈ってくれたと言う。
手術室の外では、さぞ緊迫した空気が流れていたことだろう。
しかし当の本人である私は、なかなか大胆なことをする。
手術台に上がってから、看護婦さんにつぶやいた。
「うんちがしたい」
慌てたのは看護婦さんで、急いでオマルを持ってきてくれた。手術室の片隅の薄暗い場所でオマルにまたがり、用を済ませて戻るときの気恥ずかしさ。今は笑い話である。
ピンク色の爪
手術に要した時間は、約7時間。
手術室から出てきたときの、母の第一声「うわぁ、爪がきれいなピンク色になったねぇ」
※心臓に疾患があると、チアノーゼで爪・唇が紫色になる。
集中治療室1
集中治療室での、母との面会はとても楽しみだった。
基本的に点滴生活だったけど、少しの食事はよかったのだろう。母がみかんの缶詰を食べさせてくれた。そのみかんのなんと美味しかったこと。
いまでも、みかんの缶詰を食べると遠いあの頃を思い出す。
集中治療室2
寝たままおしっこをすることに激しい抵抗があり、尿瓶が使えなかった。ときどきおねしょはしていたくせに、ほんとにおかしい。
困ったのは看護婦さんだった。が頑なに「できない」と言い張るのだからしかたない。ベッドの上にオマルを置いて、点滴の管がささった私をヨッコラショと起こす。私は点滴に気をつけながら、そろそろとオマルにまたがる。
子供ながら、恐縮しながらのトイレタイムでありました。
集中治療室3
大好きな看護婦さんがいた。いつも絵本を読んでくれた。
その彼女に、担当が替わって今日で最後だと告げられた時、自分でも驚くほど涙が溢れてきた。どこにも行って欲しくなかった。でもそうは言えずに、黙って泣いていた。思い出すと、今でも少し切ない。
チユキちゃん
病室は二人部屋。同室のチユキちゃんとは仲良かった。
お母さんが売店で買ってきてくれたアイスクリームを半分ずつ分けたり、ベッドの上で絵本の主人公になりきって、二人芝居を楽しんだ。
私より少し早く退院したチユキちゃん、どうしているだろう?
屋上いっぱいに
あるよく晴れた日。入院仲間とそのお母さんたちで屋上に行った。誰からともなくコンクリートの地面に石で絵を描き始める。絵を描くのが好きな母は、いちばん年下の男の子のリクエストに答えて、電車、トンネル、鉄橋と描きつないでいく。
冬の澄んだ空、少し強い風、お母さんたちの笑顔と私たちのはしゃぐ声。なぜかキラキラとした思い出である。
カタカナが読めた!
入院中、ある日突然にカタカナが読めるようになった、と私は思っている。
母に言わすと「お母さんが一生懸命教えたんじゃないの」
ほかの病棟や人気のなくなった外来を散歩しながら、目に付くカタカナを片っ端から読んでは悦に入っていた。
たまごとじうどん
入院中の食事は、あまり覚えていない。朝食のパンにつく小袋入りのジャムやママレードが嫌いで、引き出しにいっぱいたまっていたのは覚えているのだけど。
しかし、母が作ってくれた卵とじうどんの味は、忘れられない。優しくて暖かくて、とてもとても美味しかった。
その後、何度も母の作る卵とじうどんを食べたが、どうしてもあの時の味にはならない。もう一度、食べたい、あの味。

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