別れ
母は、ある夏の暑い日、クモ膜下出血によって突然倒れ、そのまま意識が戻ることなく3日後に亡くなった。
その日は、いつものように朝起きてまず洗濯機を回し、一泊旅行に出かける私の背中に「気を付けてね。いってらっしゃい」と声をかけ、明るく送り出してくれたというのに。
それが、観光バスが昼食のために立ち寄ったレストランで、添乗員さんからここに電話をしてください、と手渡されたメモには病院の名前があり、何事かと電話をした私の耳には信じられない言葉が返ってきたのだ。電話に出た伯母は涙声で、母が意識不明で人工呼吸器を付けていることを説明した。電話するまで、病院にいるのはてっきり父だと思い込んでいた私は、まず母だということに驚き(なぜなら、母は今まで病気ひとつしたことがなかったから)それから、今朝まで元気だったのに意識不明だなんてとても信じられなく、病院に着くまで不安と緊張と恐怖に耐えるのに必死だった。
そして、対面した母の姿は、朝「いってらっしゃい」と言ってくれた母とはあまりにもかけ離れていて一瞬言葉を失い、「くーこちゃんが帰ってきたよ。待ってたんでしょ。」という叔母の言葉に涙が堰を切ったように溢れだした。
母にとって私という存在は、他の母親と同じく特別だったと思う。母が、どれほど私のことを大切に思っていて、愛していたかを知っている。その母が、私に何も言わずに死んでしまうはずがない、そう思ったけど、「お母さん」と呼んでも返事してくれなくて、手を握っても握り返してくれないのは、もう私のお母さんじゃない、とあっさりと諦めてしまい、息を吹き返すのを信じることも祈ることもできなかった。
あぁ、なんて冷たい娘なんだろうと自分が責めらるが、その時の私は、母に安心して天国に行ってほしいと言う気持ちだったのだ。心配したまま死なせてはいけない、と思った。とにかくしっかりしなければ。どうしてそんなに強くなれたのか、自分でも不思議に思う。
眠れない長い夜、母の枕元で「心配しないで。私は強く生きていくから」と決意し、今は夫である彼とのけんかを気にしていたことを思い出し、「○○君と結婚するからね」と母の耳元で囁いて約束した。子供の頃から今までのことを思い出しながら、たくさんのありがとうを言い、母の好きだった歌を、思いつく限り心の中で口ずさんだ。
あんなにたくさん母と話をしたのは、もしかしたら初めてだったかもしれない。あの夜は母と私のお別れの儀式だったように思う。
母と二人きりで静かに別れの儀式をしたとはいえ、もうお母さんはいなくなってしまうんだ、という現実は、言葉で言い表せないほどの孤独をもたらした。
孤独
私たちは生まれてくるときに、母親から臍の緒を切るわけだが、生まれた後も見えない臍の緒で母親と繋がっているのではないかと思う。それが母が死んでしまうと、その見えない臍の緒が切られたようで、真っ暗な宇宙にひとりぼっちで放り出された気がした。もちろん父はいるが、母の死というのは、いつか必ずやって来る父の死というものもリアルに想像させ、ひとりっこで兄弟のいない私は、より強く孤独を感じたのだと思う。ひとりっこであることに不満などなかったのだが、この時ほど兄弟がほしいと思ったことはない。
私はひとりっこの割には、母にそれほど依存していなかったと思う。もちろん、もうそういう年齢はとっくに過ぎていたのだが。母はほとんど私に干渉することはなかったように思う。子供の時から「お母さんは、あんたの人生を代わってあげることができないから、自分でよく考えなさい」と言われて育ってきた。しかしそれができたのは、母と私が本当に信頼し合っていたからであり、何があっても母は私の味方をしてくれると確信していたからである。
もうすでに自分の人生を歩き始めていたので、母親の必要性は子供ほどではなかっただろう。でも、確固たる安心感を失った私は、とても頼りないものだった。
「母を失うということ」の本の中で、母親を失ったときの娘の年齢が重要だと書かれている。なぜなら、それによって娘がどんな発達段階にいたかが推測でき、人生の次の段階に進むには、どんな感情や考えが役立つかわかるからだという。そして、年代別に様々な例を交えて説明されている。
喪失
ヤングアダルト(20代)の時期は、これから自分の人生を発展させ飛躍ようとしている時で、励ましを必要としている。そしてまた、母親に反発した思春期を越えて、再び母親と結びつきたいと願う年齢だという。
まさにその通りで、私は母と対等な立場で話ができるようになっていた。親子から大人の女性同士へと変わり、母は友達でもあり教えてほしいことが山ほどある人生の先輩でもあった。
就職したばかりの頃は、自分のことや友達と遊ぶことに忙しく、母や家族のことを振り返る余裕などなかったように思う。少し小遣いがたまれば、国内・海外へと旅行し、友達と食事に出かけ、習い事をした。それが仕事にもすっかりなれた頃、経済的にも余裕ができていて、これからは友達とじゃなくてお母さんと一緒に旅行にいったり、ランチを食べに行くのもいいかもしれない、そう思いはじめていた。いつも家で私の帰りを待ってくれている母を、いろんな所に連れて行ってあげよう、そんな心の余裕ができ始めた矢先、母は突然いなくなってしまった。ふたりで旅をすることも、ランチを食べに行くことも、ついにできなかった。それが本当に悔やまれてしかたがない。一緒に行こうねと約束していたところもあったのに、いつでも行けるからと延ばし延ばしにしていた。これからもっと、母とはいい友達になれたと思うのに。どうして、もういないの?
それに、結婚の準備を手伝ってくれたり、初めての出産を支えてくれたり、子育ての相談にのってくれたりしてくれるはずだった母がいない、というのはなんとも心許ない。しかし、今私には夫もいる。義母や叔母たちは何かと私の力になってくれている。それには本当に心から感謝をしている。だけど、「母」という存在は何にも勝るもので、ああお母さんがいたら・・・といつまでも考えてしまう。