鼓動
夜寝ている時に娘がちょっとぐずる。
泣き叫ぶようなぐずり方でなければ、かえって起こしてしまってもまずいし、
こちらも眠いので、起き出してまであやすことはしたくない。
隣の布団で寝ている娘の手を握ってやると安心してまた寝てくれたりする。
小さくて、温かい手。
細い手首から思いの外強い脈が伝わってくる。
自分よりもずっと早いリズムを刻んでいる。
生命のリズム。
ぐずる子供をあやすのに、テレビの放送していないチャンネル、
いわゆる「砂の嵐」を見せると泣き止むと言うのはよく言われる。
胎内で聞いていた母親の心音に似ているために安心する、という訳だ。
同様の効果を狙ったCDもある。
抱っこをする時も、母親の心臓の音を聞かせると安心するようだ。
左の胸に頭の位置を近づけて抱くといい、と聞いた。
母と子は体が二つに分かれても、その心臓の鼓動で胎内でのつながりを思い出す。
母と子は産まれ出る以前より親子である強いつながりを持っているが、
父と子のつながりは胎内にいるうちはごく薄いものだ。
その分誕生後につながりを作るようにしていかないと追いつかない。
出産が近づくと大分外界の音も聞こえているので、父親の語りかける声もちゃんと胎内に届いていて、
その声も記憶に刷り込まれていると言うが、しょせん一心同体の母親にはかなうまい。
娘は誕生時1676gだったため、出産後、すぐに分娩室から保育器に入れられて集中治療室に運ばれた。
看護婦さんに呼ばれて、保育器の通る一瞬対面することができた。
ほんの一瞬の対面であったが、声を掛けると、保育器のケースの中からこちらをちらっと見てくれた。
運ばれていく保育器とその視線。小さな体で産まれてきた不安もあったが、その映像の記憶は私にとって宝物になっている。
もしかして「聞いたことのある声だ」と思ってくれただろうか。
大きくなってから尋ねてみたい気もするが、その答えは誰にも分からない。
2002年4月13日