昭和の遺産と還らぬ青春
第五章 昭和時代の終焉(1980年以降)
1980年代は父にとって良い意味で忙しい時代だったと思う。 |
| 父にとっての大学 |
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この2年後、弟も東京のデザインの専門学校に進学することになり、1年間川崎の寮に入り、2年目は自宅から通っていた。私が卒業すると同じに弟も卒業だったので、この4年間は父、母にとって大変な時期だったと思う。後から母に聞いた話では、この時期、父の会社が景気が良かったため、何とか凌ぐ事が出来たらしい。
晴れて子供達3人が学校を卒業して社会人となったのは、1982年で、同時だった。この頃から、世の中にはワープロとか、パソコンの走りであるマイコン等がはやり始めてきた。新しいもの、機械物が好きな父は、まずは、仕事で使い始め、80年代後半にはシャープ製のPCを中古で購入して、プログラミングの真似事などをして楽しんでいた。理解していたかどうかはわからなかったが、当時のマニア向けのPC雑誌がかなりの数、本棚には並んでいた。 |
| メニエル氏病 |
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私の記憶の中では父はあまり体が丈夫ではなかったと思う。10代、20代の頃は肉体労働などもしていたようだが、私達が物心ついてからは、何度か入院をしていたことがあった。 |
| 父にとっての昭和 |
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父にとって昭和とは何だったのだろう?戦争のにおいのする昭和初期に少年時代をすごし、昭和中期の戦後の混乱期に青年期を過ごしてきた。生きるために、子供の為に、家族の為に自分の行きたい道も諦め、頑張ってきた壮年期。 |