昭和の遺産と還らぬ青春
終章 バブルの崩壊と定年退職 (昭和から平成へ)
昭和という父にとって束縛された、負の時代を過ぎ、平成という新しい時代を迎えた父は、 |
| 深海家のルーツ |
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父は生まれは水戸市であるが本籍は九州、佐賀県の有田だった。聞いた話によれば、祖父は有田の生まれで、家は焼き物をやっていて、日本全国行商に歩くような仕事をしていたらしい。
父のルーツ探しは九州に行って、父を知る親戚に会うことから始まった。その人達は、旅館を経営している人、焼き物の窯を持っている人などで、祖父、父を知る最後の世代の人達だった。その時にはすでに高齢だったので父が会えるのはこれが最後だろうとのことだった。 |
| 大洋村の生活 |
父は、大洋村で過ごした中で、友人に手紙を何通か出しています。 |
| No 1 |
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大学へ行きたいという希望も夢もかなわず、ひたすら家族の為に半世紀の年月を終えた今、この茨城の地(生まれは水戸市内)で晴耕雨読の生活(単身赴任?)に明け暮れている毎日です。作物を作る喜び、土地に親しむ楽しさ、収穫への期待と満足感を満喫しているところです。農家から40坪ほどの畠を借りての仕事はきついけれども、健康維持には良いのではないかと思います。
昭和60年代にワープロが出回り会社に導入を依頼し覚えたのもその頃で今、最近村の教育委員会主催のパソコン教室に月2回出席して勉強中です。
この辺りは霞ケ浦の東にあたり、北浦湖畔の南東で海に近く村自体は11,800人ほどの小さなそして不便な所ですが、森があり、湖あり、海あり、太陽と夜空には星がいっぱい、澄んだ空気に包まれた半農半漁村半未開の地です。
買い物には不便で郵便局も遠く、車がないと若い人には生活するところではありません。(私は免許がなく自転車族ですが)健康な老人には良いところでしょう。既に5年になります。
梅の咲くころ桜の開花には水戸の千波湖や夏の海浜には、大勢の若者や家族づれが多くなります。海なし県には見られない賑わいを見せます。 |
| No 2 |
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もう間もなく、今年も暮れようとしています。
時間が過ぎるのは早いものです。
お元気ですか?その後いかがお過ごしでしょうか。 お孫さんも大分大きくなられたことと思います。
晴耕雨読、格好いいいことばで月並みでしょうが、こちらに来てから2ヶ月になりますが、やっとなれてきたところです。
この間、農家の人に菜園の話をしましたところ家の近くの畑を貸してもらい今から、作物の勉強を始めていますが本当にできるでしょうか。
前にも書きましたように、今までできなかった「読書」ができ嬉しく思います。時間は十分にあり、第一静かな環境が嬉しい。
こちらの人は純朴です。
漬け物でも自分でできるのに面倒なのか、そのうち覚えてみたいと思っています。
何事も経験だし、自分でやってみないとありがたみや、苦労がわからないと最近思います。
ここ大洋村の人口は一万人強で、半農、半漁村の静かな村ですが高度経済成長時代のバブルの波にのって、東京近辺の不動産会社が入って、やれ別荘地だの、ユートピアロッジだの、オーシャンロッジといった謳い文句でにわかに脚光を浴びて、一方村でも無許可で、いわゆる調整地域の計画もせずにいたるところで開発に無秩序に今では、この不況の嵐に不動産会社は手を引いている始末です。
しかし、魚は新鮮だし、安いし、空気はきれいですし、排気ガスの心配や、自動車の騒音に悩まされないだけ長生きできるところです。
生きることの刹那さと同時に、生きとし生きることの大切さ、尊さを大事にしたいと思い、生きてきた証を人生というかけがえのないものにしたいと思います。
12月から2月までは冬をこの地で過ごすことになると思いますが、多少宇都宮よりも温暖ではないかと思われますが、どうでしょう。
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