戦うことの意義、或いは戦わないことの意義

生きることは戦いである。とはよく言ったものだが、確かに生きるとは常に戦うことである。生物は常に有利な条件で遺伝子を残そうとし、競合する種との戦いを余儀なくされている。自然淘汰は万物に平等に残酷に働くので、種内でも遺伝子を残すために争い続けるしかない。こうすることによって敗者は淘汰され、勝者の優秀な遺伝子が継承されることで、種としての力を強くすることが出来る。もちろん自然は常に移り変わるので、自然環境の変化によって適者もまた移り変わり、遺伝子が収縮されることはなく、あったとしても環境の変化によって滅びる。つまり、戦い続けない者に生きることは出来ないのである。人間もまた同様で、生き残るために、より有利な状態で遺伝子を残すために日々戦っている。有利な繁殖状況を得るために学び、鍛え、媚び諂い、或いは騙し合う。この場合、武力だけが力ではなく、経済力も権力も知力もまた力である。ある国は強大な国の庇護の下で生き残るために媚を売り、金を出し、言われるがままに軍事力を提供する。その大国に逆らって生き延びることなど不可能であると思われるからである。大国はその地位を揺ぎ無いものにしようと石油を奪い、敵対する勢力を叩きのめす。或いは武装し、或いは財を蓄え、或いは遜る。しかし誰が誰を責められる?この生存競争で勝つ為に戦う人々を。
ここにも生き残るために戦う人々がいる。彼らの戦略は戦いを放棄することである。こう言うと矛盾しているようにも聞こえるが、敢えて戦わないことを宣言することで、「人道的な世界」では安全になるのではないか?という考えである。もちろん、実際に某国の軍隊に蹂躙された時に、それでも戦わないことを主張出来るかどうかは別にして、私は彼らの行動を称えたい。過去において、軍隊を持たない、戦争をしないという理念のもとで国際平和を希求する国家というものが存在した。しかし長続きせず、事実上世界有数の軍隊を持つ国になってしまったのであるが。ところが、彼らは再び戦いを放棄しようというのである。今回は市民の声として。私も一市民としてこの運動には賞賛を送りたい。50年前よりもさらに成熟したであろう国際社会では、非戦を謳う事が本当の意味での平和をもたらす可能性も零では無いと考えるからである。武力では何も解決できないということは経験則上明らかであり、そろそろ平和を達成するための新しい方法論があってもいいと思う。そしてまた、人道的な国際社会を信じられるというのは何と素晴らしいことであろう。これだけ汚く残酷な人間の真実に満ちた世界で、尚且つ世界を信じられるというのは本当に幸せな人達であろう。私はその勇気と行動力と希望的観測に尊敬の念を禁じえない。ともあれ、大阪市民の方々には是非協力していただきたいものである。読者の中に市民、或いは知り合いの方に市民がいらっしゃればご協力を。


何のために生まれてきたのだろう?

一月十一日零時三十三分、ある男性が亡くなった。享年六十三歳。家族に看取られるという、非常に幸運な最期を遂げられた。十二歳のときから六十歳まで、療養所とは名ばかりの、収容所で人生を過ごしてきた。在日二世。本名を隠し、家族からは離縁され、故郷に帰ることも許されずに五十年もの歳月を山奥の療養所にて。犠牲者は少なくない。国家の過ちにより、人生を浪費してきた人達。そのあまりにも長すぎた隔離生活のために、国家が過ちを認めた後も、療養所から出ずに、住み慣れた場所で多くの人が最期を迎えた。家族は葬儀に出席せず、その死を悼むことも無い。そもそも、知らされないのだから。
当時、その病気の症状から、患者は隔離された。神経が侵され、皮膚がただれる。しかし、伝染性はほとんど無かった。それでも、世間からは怪物と罵られ、深い傷を負った心はいつしか、閉じこもることでしか身を守れなくなっていた。それでも、勇気ある数人は社会に復帰し、国家の過ちと、その生活の哀しみを後世に伝えていた。
享年六十三歳。
体中に癌が転移し、それでもなお闘い続けた男に休息が訪れた。彼は幸運にも、家族と再会できており、家族に看取られた数少ない「元患者」であった。

長島愛生園、その他の療養所、及び外で亡くなられた多くの犠牲者の方々のご冥福をお祈りするとともに、今なお療養所で暮らす方々の余生に安らぎが訪れんことを願います。また、今なお残る浅薄な差別が無くなり、今後同じ過ちが繰り返されないことを祈ります。
最後に、千龍夫さんのご冥福を心よりお祈りいたします。あなたの言葉はいつまでもこの心の中に。

知りすぎた男


200x年12月14日、一人の男が死んだ。死因は心臓発作。76歳だった。
30歳でふざけた名前の大統領の補佐官となり、以後40歳から死ぬまで、政治の世界でその腕を振るった。最終的に外相として、彼の母国が参加する諸国連合と同じ地域に浮かぶ小さな島国―面積は小さくとも、その国は強大な経済力を持っていたが―との連帯を強化するために島国を訪問した帰りの飛行機の中でのことだった。
決して清潔ではなかったし、野心が無いわけではなかった。が、その男は同時に真の愛国者でもあった。そして、何よりも愛妻家であった。恐妻家は時に偉大なる男となるが、愛妻家は時に英雄となる。彼もまた、平和と安定のために殉職した英雄であっただろう。彼が死んでしまった今、彼の祖国とその地域に安定と平和をもたらす機会がまた遠のいてしまった。というのも、小さな島国は、過去の歴史を反省することなく―その島国は過去に、彼の祖国とその周辺一帯を侵略し蹂躙したのだ―、今また新たな侵略の歴史を踏み出そうとしているのだから。島国は世界最強の国家の傘の下、近隣諸国との協調を選ばず、覇権国のおこぼれを貪る家畜と成り下がっていた。今回の訪問でも、表面上は諸国連合との協調を唱えたものの、結局は理由をつけて、覇権国の飼い犬としての立場を変えるつもりはなさそうであった。
世界はまさに一国支配体制へと傾きつつあったのである。彼はその状況に危機感を募らせ、何とか覇権国、比較的先進国である西側諸国、そして彼の祖国を含む、近年急激な成長をみせている諸国連合で三つ巴の関係を作りあげ、独裁によらない世界の安定と平和を願っていた。そして、そのためにも、諸国連合に、地理的に近接する島国を引き入れ、覇権国の影響を弱める必要があったのだ。
そして、彼の野望は潰えた。死因は心臓発作。若くは無いが、これまで彼が努力してきたことを考えると、老後に海岸沿いの家で静かに暮らすという機会を与えなかったのは神の気まぐれか。 とにかく彼は、航空機の中で心臓発作になり、そのまま搬送された病院で息を引き取った。
諜報員によって暗殺される人間の死因の実に3割が心臓発作と言われる。