妊娠4ヶ月後半まで、全く妊娠した事に気付かなかった私。実は毎月出血があって、それを生理の出血だと思っていたから。その時まだ結婚していなかった私は、すぐに今の夫に相談。夫は「産もう!」・・・と、いう訳で、急遽<結婚>する事に。
おまけに、7ヶ月に入った頃胎児が骨盤位(逆子)に!!どれだけ頑張っても逆子は治らず結局帝王切開での出産となったの。
そんなドタバタを経ての出産だったからか、夜病室で一人で居るとなぜか無性に人恋しく(家族)なって、思わず実家に電話しちゃった。母親は「あんたがしっかりしないでどうすんのよ!大丈夫!先生方に任せていれば。」と一喝。そういう家族は(夫も含め)ビールを飲みながら前祝いしてたのよ!!・・・んっとに、もう!
病室で予備麻酔を受けて手術室へ向かったのは、予定時間を1時間以上も回ってから。
おまけに手術室に入ってからも、なかなか麻酔が効かず、私のドキドキは増すばかり!ようやく始まったら「・・ん?焦げ臭い?」そう、レーザーメスで切ったから、焦げているのは私のお腹。しばらくしてお腹の中がぐぃんぐぃん上下。もう気持ち悪いのなんの。「気持ち悪い〜!吐くー・吐くー!!」を連発。「もうすぐ赤ちゃん出てくるよ!」「出てきたあ〜!」と、言われた途端「ほげあ〜〜!!」と泣く声が♪くしゃくしゃのおサル顔でも、「かわいいーーー!」と思った。生まれた瞬間に気持ち悪いのなんかどこかに行っちゃった(笑)
現金なもんだね♪

毎日病院に通っていたパパ。着いたらまず新生児室へ直行、その後私の病室に来る。「顔が隠れてて写真が撮れんかった」と、よく空振りさせられていた。カメラとデジカメ2台も使ってるのにねぇ。

ともともが生まれた翌日、ともともの曽祖父(私の母方の祖父)が急死してしまいました。女の子が生まれた事を聞いただけで逝ってしまったのです。私に知らせるかどうか親族で話し合われ、結局知らせなければ私が怒るだろうという事で、パパが教えてくれました。手術翌日でベットから動く事も出来なかった私は、通夜も葬儀も出席出来なかった。病室で一人泣きました。ともともは、曾お祖父ちゃんに直接抱いては貰えなかったけど、きっとともともに会いに来てくれていた事でしょう。なにせ、初ひ孫なんだもの。

私の実家から毎日の様に病院へ通ったパパ「子供を持つ事がこんなに嬉しい事だったとは・・今までの時間損した気分だ」と後日言ってくれました。私も思いがけなく子供を授かったので、不安も大きかったけれど、本当に産んで良かったと思っています。ビバ!新しい命!!
このHPの為にパパに「どうだった?」って聞いたら「・・忘れた」だって!!翌日に私の祖父の急死という出来事もあったし、いまいち浸りきれなかっただろうから仕方がないか。でも、今現在娘にもうベタベタなんだもん。ま、いいか・・・。