将貴が天使になって・・・
・通夜〜葬儀
私は将貴が発見されてから病院で死亡を告げられるまでのことを思い出せない。そして将貴の元へ行こう、そればかり考えていた。
将貴が家に戻った時、解剖された為棺の中に入っていたが、どうしてムリと言われても棺から出して一緒の布団で寝てあげなかったのだろう。
仮通夜・通夜と容赦なく儀式は進められる。今思うと、そんなものしたくなかった。足を運んでくれた人に挨拶をし、話をしたりお茶を出したり・・・
なんでそんなことしないといけないの?こんなことしてるヒマなんてない!1分でも1秒でも片時も将貴の傍にいてあげたいのに・・・
誰のためのお通夜・葬式なんだろう・・・たくさんの人が来てくれたら悲しみが癒えるわけでもないし、何の意味があったんだろう・・・
当然、そのときの私たちにはそんなこと考える余裕すらなかったけど、月日が経つにつれ、後悔ばかりが私を責める。
・葬儀〜四十九日
悲しすぎると涙は出ない、その通りだ。遅くに駆けつけてくれた友人と時には笑いながら話をしたりした。正常ではない。
葬儀が終わって、私は食べることも眠ることも笑うことさえもできなくなってしまった。それはすべて将貴に申し訳ないという思いだけである。
どうやったら将貴のところへ行けるか、そればかり考えていた。私は何度か主人に「死にたい」と真剣に訴えた。
「自殺しても将貴に会えるわけがない」それでもいい、今生きていてもどうせ将貴に会えないのだから、同じ会えないのなら死んだほうがいい。
だがこうして私は生きている。いや生かされている。生きることは死ぬこともよりも辛い。私はこの悲しみ・苦しみから逃れたい為に死のうとした。
しかし、将貴の苦しみを思うと、私が今こうして生かされている苦しみなど、比べものにならない。
この悲しみ・苦しみを一生背負っていっても、将貴が味わった苦しみにはとうてい及ばない。
今考えてみても、どうやって家族が過ごしたのかわからない。しかし時は無情な程に過ぎていく。
毎日毎日、将貴の遺影をみて「ゴメンね」と謝る。しかし今でも「ひとりだけ逝かせてしまって許して」とはとてもじゃないが言えない。
私が死ねなかったもうひとつの理由、娘・瑚波の存在である。私は将貴と瑚波の母なのだ。瑚波を育てる義務がある。
私が死ねば彼女は大好きなお兄ちゃんだけでなく、母親も喪ってしまう。当時彼女は1歳に満たなかったが、母親の私を必要としてくれていた。
ごはん・オムツ替え・オフロ・着替え・・・そんなこと母親じゃなく父親でも出来るじゃないか、と思うかも知れないが、主人も私と同じように
悲しみ・苦しみのなか頑張ってくれている。我が子を喪った絶望の淵の中、家族の為に会社に行ってくれてるのだ。
彼は父親として立派にやってくれているのに、そこに母親代わりもしろとは、あまりにも無責任である。
・四十九日〜
この頃になると、まわりの人から必ず「どう?少しは落ち着いた?」などと声をかけられた。どう?って聞かれても返事に困る。
「思ったより元気そうでよかった」いったいこの人はどう思っているのだろう?我が子を亡くして元気な親がいる訳がない。
まわりの人たちは3ヶ月、6ヶ月と時間が経つと過去のことになってしまう。どんなに強烈な死であっても半年もすると過去のことになってしまう。
しかし私たちにとってはこれはまだまだ現実の真っ只中で、これから先もずっと続くことなのだ。
「そろそろ前向きに、これからのことを考えなくては・・・」極めつけは「いつまでもクヨクヨしてもはじまらん。もうひとり子供がいるんだから」
赤の他人からそんなこと言われて、ハイそうですか、となるだろうか?素直に聞き入れるはずはない。
きっとそういう言葉をかけてくる人は、今の私たちを心配してくれてるのだろうが、悲しみや苦しみを共感してはくれない。
今までずっと傍にいて私たちを見守っていてくれたのならともかく、久しぶりに会ってそんな心ない言葉をかけられてもホントに困る。
自分とまわりとの時間のヅレを感じたのもこの頃である。
私は瑚波のためだけに外へ出たりした。彼女も歩けるようになり、外の空気、外で遊ばせてあげなくては、と思ったからだ。
しかしどうしても目の前の我が子がひとりしかいないことが受容できない。ついこの間まで瑚波はベビーカーに乗り、元気に走りまわるのは
将貴だったのだ。毎日毎日、こちらがヘトヘトになるまで走り回り、やんちゃをしていたのに、今は彼女だけ。
これは何か違う、バーチャルな世界なのだ、将貴は今日はじいじとばあばの所に行ってここにはいないんだ。
ずっとそんなふうに考えていたし、今でもそう思う。
近所の子供たちからすれば私は「まぁくんのおばちゃん」なのだ。今でもそう呼ばれているのが嬉しくもあるが、とても悲しくせつない。
かと言って「瑚波ちゃんのおばちゃん」と呼ばれてしまうと、将貴の存在を消されたような感じで、これも悲しい。
結局、何をどうしても悲しいのです・・・