あかく,うみに

 

 

 ―――波の音が聞こえる―――

 

 無限に繰り返す感覚を意識する。

 哀悼。焦燥。満足。再生。

 

 そして,砂を削り続ける。

 

 私はいつも,それを眺めていた。

 

 ―――ああ,そうか。いつかまた―――

 

 

 私が生まれたときから,波はそこにあったんだ。

 

 

 

母がこの砂浜を散歩しているとき,私はこの世に出てくることを望んだらしい。力いっぱいに母体を揺らし,深い底の粘液の中を泳ぎながら,花弁のような,柔らかな光を求めて,細い管を突き破った。もちろんその時の記憶なんて物はこれっぽっちも持っていないが。

波の音が聞こえる小さな病院の中で,私はこの世に引き上げられた。

「可愛い珠のような赤ちゃんだよ」

出産に立ち会った乳母はそう言ったらしい。

そんな話を,かなり昔に聞いた覚えがある。

そうだ。あれは私の兄が戦争へ行く前の日だった。

明日持っていく兄の帽子の裏にお守りを縫い付けながら,最初は兄の話だった。兄の子ども時代の話のあと,母が私に聞かせてくれた。私は帽子に縫い付けられたお守りの模様が格好よくて,羨ましかった。

次の日,戦争の意味もよく解らなかった私は,周りの大人が兄に対して万歳を繰り返しているのに嬉しくなり,一緒になって両腕を上げ下げした。精一杯大きく。

今ではもう使われていない,あの駅の中で,兄は真直ぐ前を見据えたまま敬礼し,町中の人から見送られながらここを去った。

母は一人で,ないていた。しずかに。

兄の乗った汽車が見えなくなってから,たくさんの大人が私の頭を撫でたり,手を握ったりして何か話し掛けてきたが,何の話だったかほとんど覚えていない。今から考えてみると,だいたいの見当はつくのだが,あの時の私にはそれよりも砂浜にある貝殻の模様のほうが重要だった。

ただ兄は,確かに私にとって英雄だった。

釣りも,泳ぎも,兄が教えてくれた。物心つく前に父を亡くしてしまった私にとって,年の離れた兄がその代わりだった。きっと兄もそのつもりだったのだと思う。

兄がいなくなって,私は一人だった。

友達がいなかったというわけではない。将来の夢を語り合うような同世代の仲間も何人か居たし,冬になれば,雪がこの海にひとつひとつ飲み込まれていくのを,人目を気にしながらも私と二人きりで眺めてくれる女の子だって居た。

けれどもいつだって私は空虚だった。この美しい,大きな水面の真ん中で,私はひとりで,身動きも取らずに。

 

―――いつから忘れていた?いつから―――

 

夕焼けが私の視界を包んでいた。

私の頭上を戦闘機が通り抜けた。

スピードを上げて,もっと,もっと,もっと。

そして標的へ。この体ごと。

 

 

光だ。

あかい。あたたかいひかりだ。

なつかしい。やさしいひかりだ。

ひかり。

 

 

波の音が聞こえる。繰り返し,砂を削る。

ずっと,ずっと。

 

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