「今井と福田(同期)」
午後五時。署内の休憩室。窓の外には、『チルドレン・スクエア』と書かれた可愛らしい看板が夕焼け色に染まりながらデカデカと眼に入る。ピカピカに光り輝くそれを、福田は周囲の古臭さい景色と同一視する事が、どうしてもできない。今井が自動販売機に金を入れた。
「げっ、いちごオーレ売り切れてるぞ」
「この町も変わったなあ・・・・」
椅子に腰掛けた福田が溜息混じりに呟いた。
「何?えらいノスタルジックだな」
「なんだよノスタルジックって」
「懐旧的ってこ」
「知ってるよ」
「なら聞くな」
そう言って今井は自販機からカフェオレを取り出した。
「・・・石崎が帰ってきたらしい・・・」
「あらら。それはそれは大変だあ」
重々しく言葉を発した福田に対して、今井は軽快に応答した。
「相変わらず心がこもってねえ」
「はは。よかったなあ」
「なにが」
「また昔みたいに騒がしくなるんじゃないの?」
今井も椅子に腰掛け、カフェオレのパックにストローを差し込んだ。
「勘弁してくれ」
「お前がさっきノスタルジー感じてたんじゃねえか。この町に対して」
「ああ・・・どうせならこんな町、奴には見せたくなかった」
「なんだそりゃ。どんな友情だよ」
今井は鼻で笑った。
「お前は何も感じんか?」
「別に。俺にはどうでもいい」
「・・・」
「仕事に行きゃあ馬鹿な上司と偏屈な同僚、家に帰りゃ怖いカミさんと反抗期の娘。俺はそれで満足だ」
「不毛な毎日だな」
福田も鼻で笑い返した。
「お前と一緒にこの町に生まれた時から俺はずっと不幸だよ」
「被害妄想だ」
福田は立ち上がり、自販機に金を入れた。今井は福田の背中に喋りかけた。
「それより、知ってるか?最近この町に公安が入ってるって噂」
「公安?」
福田はボタンを押しながら振り返った。
「ああ。まあ、噂だけどな」
「理由は?」
「そんなもんヒラの俺たちが知る訳ねえじゃねえか。普通にしていたって公安の情報なんて降りてこねえのに」
「うーむ」
缶コーヒーを取り出した福田は再び椅子に腰掛けた。
「まあ、お前風に言やあ、『この町も変わった』からじゃねえか?」
「関係ねえ。そんな噂より今は石崎だ」
「ああ。なんだか組抜ける勢いらしいな」
「知っていたのか?」
福田は驚いて今井を見た。
「いつ俺が『知らない』って言った?」
今井は得意気に福田を見た。
「ふん。お前の方がよっぽど偏屈だな」
「・・・。しかし厄介だぞ。石崎の首輪が外れたら」
「大騒ぎだな」
「また家に帰れなくなる」
今井は遠い目をしながら呟いた。カフェオレはもうなくなっている。
「しかし、何故石崎は戻ってきたんだ?わざわざ組抜けるためだけに戻ってきたのか?」
「さあな。ただの人事異動じゃないか?」
「何か理由でもあるのか・・・」
「もともと奴はここの人間だしな。書類上は無犯で、俺たちはまだ手の出しようが無い。そもそも事故で死に掛けて都会の病院に移ったんだから。元気回復して戻ってきましたっつったって何の問題も無い」
今井は立ち上がってカフェオレのパックをゴミ箱に入れた。
「今井、そんな話本気で信じてんのか?」
「記録上の話だ。俺やお前の推測は関係ない」
「それは真実とは違う。あいつは・・・裏切られたんだ」
福田は缶コーヒーを一気に飲み干した。
「それは石崎にしか解らん。もしかしたら、奴自身にも解らんかも知れん」
「俺はそんなに冷めた考えはできんな」
「はは。まあいいさ。今日はもう帰ろう。また忙しくなる」
「・・・そうだな」
二人は休憩室を出た。窓の外では、看板が相変わらずピカピカしていた。