桜のきえた春の終わりに

 

とにかく、俺はもう限界なんだ。お前の言う、好きとか、嫌いとか、愛とか、あと、そういうのいろいろ全部。どうせそんなもん自分を守るために曖昧な思考の集合体が適当に作り上げた都合のいいプロパガンダに過ぎないんだろ?お前は愛を求めているんじゃない。愛を求めている自分自身の姿を求めているんだ。偏見なんて言わせないぞ。本当に愛に満ちて生きてる奴は、愛なんて言葉、掲げる必要すらないもんな。俺は知ってるよ。本当はお前が一番俺たちの中で卑怯な方法をして、それを自覚していたってことを。とにかく必死だったじゃん。最近のお前って。でもまあまあ成功したからよかったよな。まあ、お前にとっては手馴れた作戦だったのかも知れんけど。なんとなくお前の生きてきた道があの辺でわかった気がする。

別に寂しくなんかないさ。もともと俺は馬鹿だし、単純だし、何より面倒臭がりだ。お前のように人間を冷静に分類することもできない。なんだかよくわかんない駆け引きとか、もう本当にうんざりなんだよ。それに、お前のために俺が俺の心を騒がせるっていう状況。そしてそれをお前が大して気にも留めていないという事実。それが悔しくて、いつも俺には大きなストレスになるんだ。わかるだろ?

残念だけど、俺はもう降りるよ。だからって何が変わるわけではないけど。

お前には何一つ変化も無いんだろう。けれど。

 

 

今日の営業を終了し、バイト学生がいなくなった事務室で、大方の仕事を終わらせた俺はなるべく急いで店のシャッターを閉め、帰路についた。そういえばさっきAからメールが来てたな。来週の学会でうちの近くによるとか何とか言ってたから、その日に会おうとか、そんなことだろう。メールを開いてみると予想通りだった。

「タイトル /大体決まりました。 

本文  /来週の件ですが。少なくとも私の発表は6時には終了の兆しが見えてきましたので、7時までにはご連絡いたします。ご用意を。」

流石は俺の親友だ。完全に俺の都合を無視したこの強引さ。まあ、あいつはあいつでいい。いざとなればあいつは絶対に裏切らない。俺もあいつを裏切らない。久々に会うのが楽しみだ。とりあえずAにメールを返信した。

「タイトル /うむ。 

本文  /了解。」

しばらくすると、またすぐに俺の携帯が振動した。Aからの返信かと思ってみると、Mだった。

「タイトル /

本文  /今夜は帰宅が早かったんですね(^o^) 今忘れ物しちゃって店に戻って来たんだけど(*_*)誰もいないから今から帰りまーす」

このメールを見た俺はどうしたらいいのだ?すぐさまMに電話して、Mのために店に戻ってやったほうがいいのだろうか?いや、少なくとも前の俺ならそうしていただろう。それがMに会える口実にもなるし。メールが来ただけでうれしくなって、電話して、Mのもとへ走っていただろう。でも今は、そんなことのために俺が残り少ないカロリーを消費するのが許せない。そもそもバイトの分際で店長の俺に敬語ともタメ語とも取れないような言葉遣いをするのが腹が立つ。俺はそのメールを見ただけで携帯を閉じた。明日、Mに会ったときにでもこの話題に触れてやれば十分だろう。今はこの葉桜の匂いを感じていたいんだ。M自身も俺にそんな期待を抱いてメールしたとも思えない。しかし、だとすればMは何の意味を持って俺にこんなメールを送ったのだろうか?そう考えると、送られる方にも送る方にも全く意味の無いこのメールがなんだか哀れに思えてきた。やっぱりあいつは悪魔だな。

俺はこんな経験は初めてじゃない。そもそも俺は女運が悪い。一年位前にも、同じ様な女と出会い、嫌な経験をした。まあ、あいつのほうは本気で俺に恋していた時期もあるらしいから、まだ納得できる部分はある。だからあいつが転勤してしまった今でも、たまに連絡が取れる。逆に連絡が取れなくても俺の心は別に乱れない。しかし今回はもう無理だろう。Mのほうがどうこうの問題でなく、俺自身がもうMと関りを持ちたくないし、本当は許されるなら顔も見たくない。

家に辿り着き、首からネクタイを抜き取り、ソファへ座った。今日は客はそんなに多くなかったが、Mのメールのせいでとてつもなく胸糞が悪い。心臓の周りの血液の流れだけが、特別に遅くなっているのがよくわかる。最近はこれが多い。

冷蔵庫から缶ビールを取り出し、ソファに戻ってくると、携帯が鳴った。---なんだ。Aか。

「タイトル /来週

本文  /合流してから右往左往しないように、何処で何をするかを決めておいて下さい。俺はよくわかんないので。」

「タイトル /ふーん。

本文  /わかった。なら家の最寄のラーメン屋に予約しておきます。」

「タイトル /うそお?

本文  /らーめんっすか!?脳外科学会の後に、俺にとんこつについて語れっていうのか?」

「タイトル /極上だぜ?

本文  /どうしてもって言うなら別の店にするが?」

「タイトル /うん。

本文  /そうしてくだせえ。つーか前、そのラーメン屋行っただろ?お前の同僚か恋人かよくわからん女と3人で。」

「タイトル /行ったなあ。

本文  /まあ、前のような失態は繰り広げないから安心しなさい。」

「タイトル /はい。

本文  /よろしく。」

Aとのメールが終わると、心臓の血の巡りが幾分かスムーズになっていた。明日の昼にでも予約を取ろう。Mと2人でよく行った店に予約しよう。今日はビールがうまい。

11時を廻ったころ、またメールが来た。---なんと、Mだ。奴の方から1日に2通もメールが来るなんて。珍しいこともあるもんだな。

「タイトル /(×_×)

本文  /最近なんだか冷たくないですか?それとも疲れてるの?何かあるんだったら言ってくださいね(^o^)今度また飲みに行きましょうよo(>_<)o!おやすみなさい」

ああ、もうやめてくれ。こんなことは逆効果なんだよ。お前がいくら色目を使ったところで、もう俺の瞳にはただのパフォーマンスにしか映らないんだ。また面倒臭いメール打ってきやがって。俺にどうしろってんだ?別に本当に俺のことを心配してるわけでもないだろうに。俺の心配をしている自分の姿がみんなに可愛く映ることが心配なだけだろうに。

「タイトル /Re: (×_×)

本文  /別に疲れてないですよ。普通ですよ。」

ああ。これでもう決定的だ。もうMに近づいても離れていく。もう二度と飲みに行くなんて無いんだろうな。前はあんなに近づいたのに。あ、近づいたと思ってたのは俺だけか。

でもいいんだよ。これが俺の望んだことなんだ。あいつはだめだ。あいつと俺は絶対に重ならないんだから。

俺は残りのビールを飲んだ。こんな味だったか?まずい。TVをつけると、ドランクドラゴンがコントをしている。面白い。面白い。俺はこれで十分だ。

Mやこの世の女たちの言う、好きとか、嫌いとか、愛とか、あと、そういうのいろいろ全部。そんなもの、今の俺にはいらない。今の俺には必要じゃないんだ。

まあ、欲しくなったらまた苦しめばいいさ。忘れたころに。

さようなら、愛。

また、明日。

 

 

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