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12月19日 くもり 歯科治療
今日は私にとってとても憂鬱な日でした。祐の歯科治療のひです。それも前回の歯科治療の時、あまりにも泣いて、騒ぐので、今回は全身麻酔をしての治療だからです。麻酔が強くて頭がおかしくなったらどうしようか、スウェーデン人と日本人の体の体型などが違うので、麻酔が強すぎるのでは・・・・・・などなど考る。
肛門に麻酔をうって待つこと10分くらい、祐は寝るか寝ないかのぎりぎりの状態になってきました。そこで歯の治療開始です。歯に麻酔を更にうって、治療が始まり、1本目の歯がすべて治療が終わり、今度はその横の歯の治療です。この歯かなり進行しており、抜歯をすることになりました。でも抜歯をしても祐はぜんぜん痛がらず、見ている私のほうが、痛くなってくるくらいでした。
さすがに医療の発達したスウェーデンの治療はすごい。実感。
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12月17日 くもり 祐5歳の誕生日
祐も今日で5歳になりました。去年は狭いホテルで4歳の誕生日を迎えましたが、5歳の誕生日は落ち着いて行うことが出来ました。1年はあっという間で身長もスウェーデンに来てから5センチくらい伸びて、丁度1mです。
このまま、すくすくと大きくなっておくれ。そして多少勉強が出来なくても良いから心の暖かい、素敵な男性になっておくれ。
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12月16日 くもり コペンハーゲンへ
夏の間に一度は行っておきたかったデンマークのコペンハーゲンのティボリ公園です。現在はクリスマスが近いのでイルミネーションがとてもきれいでした。デジカメで何枚か撮影をしたのですが、残念ながら画像が今ひとつでお見せできません。
祐は相変わらず、乗り物が好きでバイクや電車の乗り物ばかり乗って楽しんでおりました。
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12月13日 くもり ルシア祭
12月13日はスウェーデンだけのお祭りであるルシア祭です。
ルシアになるれる人は、きれい、歌が上手、髪が長い、この3つがそろわなければルシア役には選ばれません。写真中央がルシアですが、この女性も腰くらいまで髪が長いです。
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12月9日 くもり クリスマスパーティー
今日はスウェーデンに来てから知り合いになったスウェーデン人のコールさんとシーグンさんの家で本格的なスウェーデンのクリスマスパーティに招待されました。
シーグンさんは、学校でスウェーデン語を教えており、そこの学校に来ている日本人の生徒も一緒にパーティーを楽しみました。日本人の方は皆さん女性で、ご主人はスウェーデン人です。料理もおいしく、お話も楽しくあっという間に時間が経ち、2時間かけて帰らなければならないので、お酒もほどほどにして帰って来ました。アパートに着いたのは夜の11時でした。
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12月2日 くもり ロシア人招待
11月28日、私と妻はビザの更新手続きの為、マルモまで行きました。更新手続きの建物の中に入ると、順番を待つ人がいっぱいおり、私達の番が来るまでには23人が更新手続きの人を待たなければなりません。
待つこと1時間30分、やっと自分の番が来るなと思い、バスポートをカバンから出して準備をしていると、横に座っている、私達と同様に待っている親子が突然話し掛けてきて、『日本人ですか?・・・・・・・』その後いろいろお話をして、メールアドレスを交換して別れたのですが、この家族は4ヶ月前にカナダからスウェーデンに来られ、生まれはロシアであり、ロシア人です。その次の日にメールが来て是非我が家に遊びにきて欲しいとう内容でありました。
車でルンドからテレボリまで1時間かけて行きました。
早速お食事が出てきたのですが、見るとびっくり、お寿司でした。
カナダに住んでいるとき、お友達が大変日本の文化を好んでおり、それに影響を受けて、このロシア人も日本の食事、文化に大変興味を持たれたそうです。
食事の間に何度も乾杯をするのですが、乾杯の前に一言づつ順番で言うのですが、その日は丁度、雅子様に女の子が生まれた次の日で、その事についても乾杯をしてくれました。
息子や娘も子供達と仲良く遊び、気がつくと6時間もそのロシア人の家にいました。
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11月18日 くもり クリスマス準備
先週は車で片道約4時間かけて、ガラスの大国まで行ってきましたが、今日は来るまで約40分くらいの場所までドライブです。
目的はクリスマス商品が売っていると聞いていってきました。
馬小屋の中に所狭しとクリスマス商品がいっぱい売ってありました。私たちはリースを買ってきました、本物です。
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11月10日 くもり ガラスの大国
もういつ雪が降ってもおかしくない季節、時期になってしまいましたので、今年最後の遠出をしました。
車で片道約4時間かけて、ガラスの大国まで行ってきました。
ルンドはスウェーデンで南部に位置しますが、ガラスの大国はルンドから見ると北に位置しますので、行けば行くほどさむくなります。
道の両脇には雪が少しありました。でも車検の時に冬タイヤに取り替えてもらいましたので、安心して走行できました。でもお目当てのガラスショップは見つけることが出来ませんでしたので、来年の春、再挑戦です。
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11月4日 はれ 公園散歩・VOLVO
今日はとても天気がよくて、公園まで散歩に出かけました。公園までの距離約4キロを息子は自転車で、娘は乳母車に乗ってです。行きは向かい風で、途中で何回も息子は行くのを嫌がりましたが、何とか、たどりつき、公園のベンチで、みかん、チョコレート、クッキーを食べて帰って来ました。
午後から車の車検で,部品の交換をしなければなりませんので、大家さんと一緒に、修理工場まで連れて行ってもらいました。
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11月3日 はれ ハロウイン・スケート
ルンドにも屋内スケートリンク場があると聞いて、早速行ってきました。行った時間が悪く、アイスホッケーの練習時間帯に行ってしまい、残念ながらスケート初挑戦は来週以降に延期になってしまいました。その後ルンドの町並を散歩して、マクドナルドで昼食をしたのですが、ハッピーミールセットについていた、景品をすっかり棚に置き忘れ、気がついて戻るとすでに無くなっておりました。
息子は泣いて,泣いて、大変でした。車の中でふてくさって寝てしまいました。
今日はスウェーデンのハロウインの日です。かぼちゃをくりぬいて、玄関に飾る習慣があります。
我が家はろうそくでハロウインの不意陰気をだしました。
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10月13日 はれ 持ち寄りパーティー
スウェーデンの幼稚園は日本の幼稚園と違って集団で何かをすると言う事はしないので
運動会などが無くてちょっと寂しいです。
でも今日は息子のクラスの親が
集まって持ち寄りパーティーです。
園児とその親、先生総勢約30人ほどが集まって
母親が作ってきた物を食べるのです。6時から開始でしたが
案の定15分くらい遅れてのスタート
4人の先生の中で責任者である、
シーグリッタが挨拶してその後
親が自分の名前と今日作ってきた物の
説明を順番にするのです。
私が流暢とまではほど遠いい英語で
たどたどしく説明をしました。
我が家はのり巻きを作って
皆さんに食べてもらいました。
非常に好評で喜んで食べていました。
他の母親が作ってきたものは
ほとんどスウェーデン料理ばかりだったので
なお更めづらしかったかもしれません。
約2時間でしたが
あっという間に終わってしまいました。
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9月29日 くもり りんご祭り
ルンドから2時間弱のところにKIVIKという小さな町で、
りんご祭りが行われると聞いて行ってきました。
ものすごい人でびっくり。
スウェーデンにきて数多くのお祭りを見に行きましたが、
こんなに人が大勢いるお祭りは初めてです。
お祭りといって、例の如く派手な催し物は一切無く
出店が出ているだけです。りんご祭りと言うことで当然りんごもたくさん
売っておりました。その会場から車で15分くらいのところに、
りんごを使ったジュース
お酒を造る工場を見学して来ました。一応、簡易な帽子とカッパを支給されての見学でしたが
従業員の姿の方が汚く不衛生的に見えるのが
スウェーデンらしいです。また日本の工場見学と違い
ガラス越しに見たりすることは無く
従業員と同じエリア、目線で見学が出来て
びっくり。
日本とは違うと実感。
この機械に見学者がはさまれたらどうするの?
と言わんばかりに近くで見ることが出来るのです。
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9月21日 はれ 床屋
息子の4ヶ月ぶりの床屋です。スウェーデンのルンドの床屋は日本に比べたら技術は劣り日本時のような固い髪の毛を整髪するのは
最も嫌われるようです。4ヵ月も床屋をしておりませんでしたので
髪の毛は伸び放題で
少し天然パーマ気味ですので
すごい頭をしておりました。バリカンを使っておよそ10分で終了です。
早すぎる。
その後は私の番ですが、およそ10分。早い、頭を洗ったり、かみそりで顔を剃ったりはしません。
肩をもんだり、
鼻毛を切ったりする事は一切ないです。
息子も2000円也、私も2000円也
しめて20分で4000円。
1分200円、時給12000円。いい商売だ。でもこの店いつ行っても誰もいないので
お客が終わるのを待った事がありません。
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9月19日 はれ 健康診断
今日娘のスウェーデンに来てからの2回目の
健康診断と
始めての歯科検診の検査日です。あいにく娘は4日前から風邪を引いてしまい
予防接種は出来ませんでしたが
体重、身長、そして、医者による検診を行い
何も異常は見つからず
ホットいたしました。10月にもう一度
予防接種を受けなければなりません。
健康診断が終わると今度は同じ建物の中にある
歯科検診です。
歯の磨き方や甘いもの、
ジュースは控えるように言われ
朝と夜一日2回
必ず歯を磨くように言われました。この内科検診、歯科検診の両方に
通訳のヘンリソン聖美さんがついてくれて
通訳をしてくれるので、本当に助かります。
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9月1日 はれ ストーンヘンジ
天気が良かったので家族で、くるまでルンドから約1時間くらいにある
ストーンヘンジを見に行きました。 小高い山の上に、ぽつんと石がサークル状に並べられており、数百年前の宗教的なものか、
日時計かはたまた、
お墓に使われていたのかはわからないものです。
ここは観光名所になっておりますが、
地球の歩き方になぜか紹介されておりません。お土産やさんや、お魚さんもあって、
たくさんの人でにぎわっておりました。帰りに、ボイルしたえびと、サーモンを買ってアパートでちゃんちゃん焼きをしました。
サーモンは思っていたより土臭くなかったです。
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8月28日 はれ 乗馬
今日は研究室をちょっと抜け出して乗馬に行ってきました。参加メンバーは馬場さん、馬場さんのお友達2人、浜口さん夫妻、丘さん、そして私と妻の合計8人です。
それぞれに馬を与えられ、自分の馬にブラッシングをしてあげて愛情を注ぎます。その後、鞍も自分で取り付けます。簡単に手綱の持ち方や、馬を操り方を教えてもらい、一列になって行進します。もちろん、言う事を聞かないときはむちで叩きます。馬場さんを除いて皆初体験でしたので、ゆっくり馬を歩かせて,時々駆け足をさせる程度の乗馬でした。なぜか丘さんの馬だけが列から遅れるのです。秋風の中を馬に乗るのは最高で、途中で出されたサンドイッチとコーヒーは何と言えない格別な味がして、心が洗われる感じです。北海道から来ている私達が初めて乗馬することに皆さんびっくりしておりました。来年はもう一度チャレンジをしたいと思います。その後3日間くらいは腰と太ももが痛かったです。これは結構病み付きになりそうです。北海道に帰国したら乗馬クラブに入会しようかと思います。約二時間で約4000円くらいでした。
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8月25日 はれ VEN島
今日はルンドに来てから知り合った丘さんと一緒にVEN島に行きました。LANSKONNAまで車で30分それから船で30分弱で着く小さな島です。そこで自転車を借りて島内を自由にサイクリングできます。アップダウンがきつい所も随所にありましたが、天候にも恵まれ、畑も小麦畑が壮大で大変楽しい1日でありました。
お昼に食べたポテトとチキンも大変美味しく感じられ家族で楽しむのには最高のロケーションです。特別な施設は何も無くかえってそれが自然だけを楽しむのには良いと実感。日本だといたせりつくせりで、それを維持させるために人件費が膨大になり、そのつけは結局消費者負担となてしまうので足が遠ざかるのでは…?
ちなみに1人の船代往復800円くらいで貸し自転車は1台600円くらいですので非常にリーズナブル。祐二千佳はもちろん船は無料。自転車を借りる受付の女性はアルバイトで、親の仕事で2歳の時東京に行き16年間日本で生活をしていたので日本語が話せました。現在はルンド大学医学部の学生です。青い目、金髪の女性が流暢に日本語を話すのは何とも不思議です。
しっかりメールアドレスを聞いて帰って来ました。
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8月19日 くもり、雨 パドリング
スウェーデンに来てから知り合ったコールさん、そのフィアンセのシーグンと一緒にルンドから2時間ほどの位置にあるBreanasに行ってパドリングを楽しみました。あいにく天気は曇りでしたがそれほど寒くも無くすがすがしい天気でありました。トマトもキャロットも怖がるのではとちょっと心配をしましたが、泣きもせず楽しんでボートにのりました。この湖には大小の島が沢山あり、食料をボートに積みこんで、その島に上陸してBBQを楽しむというなんともワイルドなものです。船付き場で2台のボートとライフジャケットを借り、約30分くらいボートに乗って適当な小島に上陸をして、小枝を集めて火をお起こしてBBQをするのです。私達家族にとっても始めての体験でどの様にしたら良いのかさっぱり検討がつかず黙ってコールさんのやる事を見ておりました。やはりスウェーデン人はこのような事は子供の頃から親から指導を受けていることもあり瞬く間に囲炉裏を石で作り火を起こしてしまうのです。
それから各自が持ってきた肉や野菜を鉄串や小枝に刺して焼いて食べるのです。コーヒーも沸かしました。やはり都会からこのような場所で飲むコーヒーは大変美味しく心のリラックスには最高である。食事後コールさんと息子と私3人でもう少し遠くの小島に向かい探検をはじめました。途中で雷がなり始め雨が降りそうだから引き返した方が良いと言ったのですが、大丈夫大丈夫と言う事で引き返しもしなかったのですが、やはり雨が降ってきて慌てて引き返しましたが、皆パンツまでびしょ濡れになって丘に上陸となってしまいました。だから言ったじゃない帰った方が良いって。私の英語通じなかったのかな?
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8月15日 はれ マルモフェステ・サーカス
今日は大学の研究室をちょっと抜け出して
ちょっとと言っても半日サボって
マルモで行われていた、マルモフェスティバルへトマ、キャロットの幼稚園が終わった後行ってきました。マルモの広場に沢山のお店と遊園地が出ておりました。
イメージは札幌の中島公園のような感じです。
相変わらずトマトは車の乗り物が好きで
何回も乗りました。
でも日本と違って料金も安いので
それほど気にはならないのですが・・。その後ルンドに戻って19時から
サーカスを見に行きました。
日本のような派手なアクションの物や
バイクの曲芸は無いですが、結構楽しく
ピエロのまねをした人が
おもしろいパフォーマンスを披露してくれて
トマトはケラケラわらっておもしろく見ておりました。
派手な物が無いとは行っても、
目を見張る物も随所にありハラハラドキドキで2時間半があっという間に過ぎました。
ちなみに席は前から6番目くらいで
人の動きや手の動き、顔の表情も良くわかる席で
家族4人キャロットは無料、トマトは半額で全部で
6100円くらいです。
日本だと大人1人分の値段に相当するのでは。
入場料金は安いですが
ジュースやアイスクリーム、食べ物は非常に高く
通常の1.5倍くらい高かったです。マルモフェスティバルそしてサーカスは
スコーネ地方の夏のお別れを告げる行事で
これを気に
秋へ、そして冬の準備へと行くのです。
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8月13日 はれ 幼稚園入学
トマトが約2ヶ月ぶりに幼稚園の再開です。
同時にキャロットの始めての幼稚園の入園日です。
日本の幼稚園と違って
おそろいの服も無く、園長先生の話は一切なく
9時半ごろにだらだら集まって
なんとなく終わるという感じです。
親に対する注意や指示も一切ありません。
もちろん自己紹介はありません。
よって親の私から何を持っていったらよいのか?
紙おむつはどうしたら良いのか
熱が出た時はどうしたら良いのかをこちらから聞かなければ何も教えてくれません。
クラスには8人しかいなくみんなミレニアムベイビーです。
キャロットが最年長です。
8人の生徒に3人の先生で
みな年を取っており体もひときわ大きいです。
8人全員外国人のようで
スウェーデン人はいないようです。
クラスの名前はミサークと言う名前です。
ちなみにトマトのクラスの名前はスコッパです。
意味はわかりません。
後日聞きます。
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7月29日 はれ ヴァイキング祭り
バス遠足に行って来ました。
ヴァイキングのお祭りをやっていると聞いて見てきました。
でも、日本のお祭りのようににぎやかではありません。
昔はこういう生活をしていたんだよ。という感じで
家を復元してあったり、ヴァイキングの衣装を着て
昔の人のように皮で靴を作ったり、糸を紡いだり
するのを見てくるだけでした。その帰りに海にも行って来ました。私は入らなかったけど。白いきめの細かい砂で気持ちよかった。
トマトは大喜び、キャロットはちょっと怖かったみたい。
すごい人が沢山いて、皆でスウェーデンにも
こんなに人がいるんだ。と言っていました。
だって、ルンドになんて人が少ないんだよ。
きっと夏休みでどっか行ってしまってるんだよ。
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2月 新たな生活環境へ
自分専用のベットで寝たときは本当に気持ちがよく、初めて引越しをしてきた夜、明日のい朝は起きるまで寝つづけようと言って寝ました。やっと見つけたアパートはルンド中心部からは非常に遠くバス停までも歩いて20分程度かかり廻りも住宅が4件ほどしか建っていない場所です。廻り一面小麦畑で公園すらありません。スーパーまでも歩いて40分弱もかかり車なしでは生活はちょっと辛いものがあるのですが、ここに決めた理由は北海道の自然に非常ににていたのと、アパートの大家さんが非常に良い人、更に庭が広い事がアパートの決め手となりました。本当はルンド中心部でアパートを探していたのですが、なぜかまったく反対な場所が気に入ってしまったのです。大家さんと契約を済ませて2月1日からの入居と相成りました。引越し当日はスパルタからの荷物、ダンボール6箱更にスーツケース2つを佐々木さんの車で3往復して運んでもらい、浅野さんには浅野さんのアパートの地下においてもらっていたダンボール8箱を運んでもらいました。引っ越した次の日、大家さんのアンマリと一緒に家具のIKEAに行って生活に必要な物を買い、アパートにはシャワーしか付いていなく、バスタブがどうしても欲しくて、ルンド大学に短期で留学していた女性が日本に帰国されるのでバスタブを格安で譲ってもらい少しずつ生活基盤を固めて行きました。車がどうしても必要でしたので、大家さんに頼んで車を探してもらい、三菱の車を見つけてくれたのですが、せっかくスウェーデンに来たのですからVOLVOに乗りたくて再度探してもらいました。値段も手ごろで、意外と新しかったので、2年後売る時にさほど査定が下がらないのでは、と言う事でVOLVOに決めました。色は、赤で日本では絶対に乗れない色。その後住所変更などの手続きを済ませ、次の問題は祐、二千佳の幼稚園入学許可の手続きです。とにかくルンドで幼稚園に入れる事は非常に大変で半年以上待ってやっと入学許可が出た日本人の話を聞いておりましたので、直接我が家から一番近い幼稚園の園長の所に直接行って申し込みに行きました。前日からある程度の英会話を想定して当日に挑みました。とにかくスウェーデンは電話予約をしなければならないシステムなど後で知ったのですが、そのような事も知らず、アポなしで園長に会って家の子供を幼稚園に入れてくれと頼むのですから、無謀極まりないのです。下手な英語がこの時は良かったようで、汗をかき、身振り手振りで一生懸命頼んだ姿が良かったのか、祐は2週間後に入学許可が出ました。二千佳は1歳半を過ぎないと許可は出せないと言う事で8月まで待たなければなりませんでした。やっと通常の生活が出来つつあり、祐二千佳の歯の検診、健康診断の手紙が来た時はやっとスウェーデン社会に受け入れてもらえたのだと実感いたしました。
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2月 スパルタよさうなら
11月20日にホテルスパルタに入居して約2ヶ月私達家族はやっとスパルタから抜けだす事が出来ました。狭いホテルの1室に4人が生活をしていたのですから・・・。
家族のストレスは生半可の物ではなかったでした。
しかし振り返って見ると、辛い事も確かにあったが、国際感覚に非常に触れる事になったのは事実です。
フィンランド人、ロシア人、ドイツ人、イタリア人、ベトナム人、中国人、スペイン人、フランス人、などなどたくさんの人たちと交流が出来ました。また子供が小さいのでかわいがってくれて、トマト、キャロットは逆に遊び相手がいて喜んでおりました。
トマトはこのゲストハウス、スパルタに滞在した2ヶ月で自分の言葉は家族以外には通じないと悟り、かなりショックもあったようですが、立ち直りも早く諸外国の人から英語を教えてもらっておりました。 キャロットはロシアの研究者夫婦に大変かわいがってもらい、自分達の孫のような存在でした。私の方も隣の部屋に日本人の留学者が来てくれたので、夜は食堂でビールなどを飲んで語っておりました。やはり一番大変だったのは妻のようで、共同の食器なので手際よく料理を作り、作り終わるとすぐに、なべなどを洗って次の人に明渡さなければなりませんので、大変です。
ゆっくり食事も出来ません。食事が終わるとまたすぐにまた洗わ無ければなりません。古いホテルな事もあってインターネットが接続できなく、ノート型パソコンを研究室から持って帰り夜、妻がメールを打った文章を翌日研究室で送信するようなことを毎日行っておりました。このホテルでで、クリスマス、大晦日、新年そして息子娘の誕生日を迎えたこのホテルでの滞在は私達家族にとっては一生忘れる事が出来ないことでしょう。
このホテルで体験した事を列記いたします。
1.夜の9時半頃火災報知気が突然なり、向かいの部屋の中国人が早 く逃げろろと言うので慌ててお金とパスポートだけを持って外 に逃げ出しました。
2.祐がどうしても自転車がほしいいので中古屋で買い毎日ホテ ルの一室の中で磨いていたのですが、買って1週間で盗まれてし まい、祐は泣いてしまい、私達夫婦も、盗んだ人を恨むより、 祐に申し訳がなくて、涙こそ見せる事は出来ませんでしたが、 心の中で泣いておりました。
3. 祐は四六時中ホテルの中で遊んでおりましたので、ホテルの 掃除の女性やフロント係の女性とも大変親しくなってしまい、 ある日曜日広場でケバブを食べていたら、私の見知らぬ女性と 祐がなにやら話しているので後で祐に聞くとホテルの 掃除 の女性でありました。
ゲストハウス・スパルタよさようなら!。
スパルタよ本当に私達家族にとってスパルタであった。
2ヶ月間ありがとう。
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11月から1月 アパート探し
船便で送った荷物が着くのが先かアパートを見つかるのが先かの競争の始まりです。 約1ヵ月後には15箱来るのですからアパート探しもおちおちしておれません 。 結局荷物が先に来てしまい。私の研究室に持って行くはめになってしまいました。しかし荷物が着いた1週間後、運悪く私の研究室の改装をすると言うのです。よって15個のダンボールはルンドで知り合いになった東京からきた、研究者の浅野さんのアパートの地下倉庫に一時預けてもらいました。この浅野さんは私達家族の1ヶ月前にルンドに来られ同じスパルタに1ヶ月住んでアパートを見つけられたのです。住んでいるホテルはシングルルームに親子4人が寝止まりしており、離れた場所に共同の台所、と洗濯室があります。アパート探しは同じ講座の人や秘書にもお願いして探してもらうのと同時に毎週水曜日と日曜日の朝刊にアパート情報が出るので、朝一番にスーパーマーケットまで買いに行きチェックを始めます。 運悪く12月24日クリスマスに近く、更に新年にもちかかったので探す時期としては最悪の時期でありました。それでも新聞で何とかコンタクトを取って見には行くのですが、やはり子供がおり更に小さいとなると、敬遠されてしまうのです。
それでも何とか電話でコンタクトを取りつづけたのですが、後日連絡するから待ってくださいという返事をもらうが、その後何も連絡が無い事が多かったです。そうこうしているとあっという間にクリスマス、新年となり、新聞広告に出す事に決めました。1回目に出した時は、まったくと言って良いほど電話はかかって来ませんでした。 2回目の広告の時は2件ほど電話が来て、実際にアパートを見たのですが、ルンドから非常に遠く、ここまで待って探しているのだから、納得のいく、子供達に安全な場所を求めるようになりまた。 3回目の広告は1月末に出しました。2週続けて広告を出したのです。広告を出した朝電話がなって早速アパートを見に行くとバス停からは非常に遠く交通などにはちょっと不便であったが、通えない場所でもなく、子供にとっては最高の立地条件の場所であった。
大家さんも大変よさそうな印象を受け、6年前に神戸に住んでいた女性の交換留学のホストファミリーをされていたらしく、日本人に好印象を持たれておりました。すぐに契約とあいなり、長い長いスパルタの生活にピリオドがうたれました。
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12月・1月 クリスマス新年誕生日
クリスマス前に何とかアパートを見つけてアパートでクリスマス・21世紀を迎え、更に子供達の誕生日を祝う予定であったが、むなしく断念である。日本だとクリスマスに重点はおかず、新年を盛大に行うが、キリスト教徒である国々は逆でクリスマスを盛大に行うのです。よって1ヶ月くらい前から町にはイルミネーションの飾り付けが行われて行きます。そうなると、だんだん厄介なアパートの貸し借りには携わりたくなくなり、新聞で広告などを出しても一向に見向きもしないのです。私達家族は結局、ゲストハウス・スパルタでクリスマス・新年・誕生日を迎えました。クリスマスは古谷夫婦とドムシェルカン教会へ行き賛美歌を聞いて、2家族合同でクリスマスを祝いました。また家族のもとに帰らない研究者(スペイン・中国)の方もいて、一味変ったクリスマスパーティーを楽しむことが出来ました。
スウェーデンのクリスマスは何とも地味で、もっと派手に盛大に行われるのかと思っていましたが静かに終わってしまい、仏教の国である日本の方がキリスト教のスウェーデンよりも派手な感じがしました。やはり日本人はお祭り好きな人種と痛感。 お正月も日本とは比べ物にならないほど静かで、テレビを見ても特別な番組を放送しているわけでもなく非常に寂しさを感じました。日本にいたら、レコード大賞、紅白
歌合戦をみかんを食べながら、横になって見ていたのを30数年間やっていたのに。
31日の午後11時45分頃、外で花火の音がし始めて、急
にうるさくなり、慌ててバルコニーに出てみると、それはそれはものすごい花火の
数、量で、慌てて息子にも見せたいと思い、無理やり起こして、3人で(長女は寝か
せておきました)しばし花火に見とれておりました。360度見渡す限り花火の打ち上げで時間にして30分間行われておりました。
21世紀の幕開けはこのように狭いホテルからのスタートです。
でもこのような状況になるとは去年の今ごろには想像もつかない事で、まさか自分、家族が異国の地で、21世紀を向かへれるとは・・・・・・。夢のようである。
しかし、お寺で叩く108つの鐘の音は余韻が残りますが、花火は全然余韻も何もなく、それ
が終わると何とも味気なく、ああこれが海外の A HAPPY
NEW YEARなんだなと思い、2 日から仕事始めです。
その後キャロットの1歳の誕生日は妻の風邪の為1週間遅れでお祝いをして、その後たてつづけにトマトの4歳の誕生日を迎えました。
子供達よ、そして妻よ。お父さんは頑張ってアパートを探しているからもうしばらくの辛抱。
我慢しておくれ。
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11月 家族輸送作戦
スウェーデンの下見を終わって札幌に戻り早速荷物の梱包開始である。ゲストハウスに到着して3,4日で着くように最低限の荷物を郵便局の飛行機便で出す。またそれ以外は船便で出す事に決めた、飛行機便は6箱、船便は約1ヶ月かかる分安く、1ヵ月以内に何とアパートを見つけ出す作戦である。船便16箱の輸送である。
ちなみに料金20キロまでで飛行機便が2万円、船便だと半額以下になる。スウェーデン国内何処でも一律の値段になるのが不思議である。次に今度は私達が行く番である
家族一路スウェーデンへ11月20日本当にこの日が来てしまいました。 10時30分ころに近所に住む、盛田さん、一柳さん、旗山さんが最後のお別れの挨拶にきてくれました。また大雪ホームの鈴木社長も最後の見送りに来てくださり非常に感謝をしながら11時に家を出て麻生駅からバスで千歳空港に向かいました。
父母、妹の裕恵その長男大地も千歳空港まで見送りに来てくれました。
14時25分発成田行きの日航機で、搭乗手続きをしている時、トマトが突然うずくまり寂しいと泣き出した時には、私もセロリももらい泣きをしてしまいました。 (いとこの大地とはいつもケンカをするのに今日はなぜか2人とも仲が良く感じられた)小さいながらも、敏感に感じていたのだと思いました。
飛行機が離陸してしばらくすると、トマトは寝てしまい、キャロットはとても静かでした。
あと10分位で成田に着く頃にとまとが起きて、何とか静かに成田に着くことが出来るなと思った時、機長が、滑走路にタイヤの破片が見つかり、撤去するまで30分くらい旋回をすると放送が流れ、その時をさかえにトマト、キャロットが一斉に騒ぎ始めて、特にキャロットは泣くわ泣くわでどんなにあやしても無駄でした。 30分間ずうっと泣いていました。飛行機を降りる時スチュワーデスさんが一言
『人気者でしたね!』
成田空港に着いてホテルの夕食は非常に高いので空港で夕食の弁当を買って送迎バスでホテルに向かいました。
ホテルの部屋に着いて弁当を食べ、お風呂には入り明日の出発の準備をし、寝ようと思っても、トマトもキャロットもあたかも温泉にでも来たかのようなはしゃぎで、全然寝てくれませんでした。私達も明日のデンマークまでの飛行機の事を考えると、非常に憂鬱で千歳から成田までのたかが2時間であのような状態であるのですから、その5倍以上に11時間40分を3歳のトマトと10ヶ月のキャロットが耐える事が出来るか心配で寝れませんでした。
いよいよ長旅の始まりの日です。11月21日
朝食をホテルで済ませ。送迎バスで成田空港に到着、その後すぐに搭乗手続きを済ませ搭乗までの約30分位、子供達を疲れさせるためキッズルームで遊ばせてから飛行機に乗りました。
いよいよ11時間40分のカウントダウンの始まりと同時に憂鬱の始まりでした。とにかく飛行機の中で泣かれることだけは避けなければ。 離陸後すぐにトマトは寝てしまい、キャロットもしばらくして寝てしまいました。
しかし離陸から2時間後くらいからトマトはぐずり始めました。3歳のトマトにはあらかじめ欲しい物を聞いておいたおもちゃと本を持参し、ぐずりの頻度によって、おもちゃのグレードを上下させました。
最初のぐずり始めの時は、カメンライダークウガの本を読んであげて、何とか2時間位は本でだますことが出来。次の時はミニカーを3台与えこれが結構長く持ちこたえ3時間位遊んでいました。最後に与えたものは祐がいつも欲しがっていたカメンライダークウガ、アルティメットホームの変身装着人形で、いつも店で欲しがっている時にサンタさんがプレゼントしてくれるかそれまで待ちなさいといつも言っていたものが飛行機の中で当たるとは思いもよらずトマトは大喜びで、最後までそのおもちゃで遊んでおりました。しかしやはり飽きては飛行機のトイレの方までちょろちょろと何度となく歩いてはおりました。
キャロットの方は飛行中3回位寝てくれて、トマトがそんなに手がかからなっかったので、ぐずり始めると、交代でだっこをしてあげて何とか11時間40分を耐え抜きコペンハーゲン空港に着きました。
しかしこれからが大変で、コペンハーゲンについた時は4時であり日本時間の0時であり、トマトは眠気のピークで、汽車でカストロップ空港からスウェーデンのマルメ更に目的地であるルンドまで行かなければならず、汽車の乗り換えが一度あり、約1時間位あるのです。案の定トマトは、抱っこにおんぶで、私の左手は、他人の手のような感覚になりなりました。
何とかルンド駅に着き、そこからゲストハウスまでタクシーで向かいました。
ゲストハウスに着いた時は7時30分で、日本時間の3時30分で、私も妻も成田のホテルで7時に目をさましてからゲストハウスに着くまで20時間近く一睡もしておらず、妻のかばんは24キロ+キャロット10キロ、私のかばんは26キロを引きずりながらの移動で、部屋に入った時は意識はもうろうとしておりました。
それよりも、トマト、キャロットが本当に頑張ってくれたと感謝をいたしました。
部屋で荷物を片付け、トマト、キャロットの下着を取り替え9時には寝ました。
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10月 スウェーデンへ
出発
さて受入企業が決まって単身で教授に挨拶と部屋探しを兼ねた下見のスウェーデンへの出発は10月18日と決まった。しかしまだ解決しなければならない事は山積みである。まず、単身ならまだ知らず家族となるとしっかりとした住居が必要である。教授からのメールで何か困った事は無いかと言う事でアパートが見つからないので探して欲しいメールを送ったが、良い返事は無く会社の同僚の友達で、三井物産スウェーデン支社に勤める方とメール連絡。このつてだけが最後の頼みであり、この人に全てをゆだねる形になった。 もう1つはビザの発給であった。合格後早速、東京のスウェーデン大使館に電話連絡をして、一式書類を取り寄せるが、全てが英語であり、辞書とにらめっこが数日続くがまったく解らず大使館の方に書類のサンプルのようなものは無いかと聞くと無いという返事。
しかも何度も電話をするものですから先方も嫌気がさし、一度こちらに着ませんかと言うので、私は札幌ですので無理と答えるが、あなたのように聞いてくる方はいなく皆英語で書かれた文章を読んで理解できているのですよ。と言う返事。以前から対応が気に食わなかったのですが、さすがにこの時は頭に血が上った。
通常6〜8週ビザの発給までかかるのだが、この時点で10月18日の出発まで1ヶ月を切っていた。
出発2週間前に教授からのメールで当初20日に合う予定であったが都合が悪く26日に変更して欲しいというメールであった。結局出発は、飛行機の都合で20日の出発となり、26日の教授にあうまでに何とか部屋を見つけ出すと言う事にあいなった。スウェーデンの三井物産からはマルメにある不動産屋を見つけてもらった。残念ながら出発までには部屋を見つける事が出来なくビザ発給も間に合わなく出発と合いなた。
自宅から麻布まで父親に乗せていってもらいそこから千歳空港までバスに乗り成田で前泊そしてデンマークのカストロップ空港まで11時間30分の飛行そこからスウェーデンのマルメまで汽車とあいなった。マルモに着いたのは6時30分を過ぎており、これからホテル探しであつた。探す事1時間をついやし、Scandic
Hotelに泊まる。 次の日からアパート探しが始まる。早速三井物産が紹介してくれた不動屋の場所を探し出し、アパートの情報を得るがまったく無し。 次の日も探すが無く、ルンドに移動する。
日本にいた時からメールで何かとアドバイスをくれたルンド大学に留学している古谷さんとルンド駅であい、アパート等の情報を得るが、まったくなく、古谷さんの勧めでルンド大学のゲストハウスはどうかと助言。皆アパートをこのゲストハウスに住みながら探していると言う。 古谷さんもその1人であった。 ゲストハウスを見てちょっと狭いがまあ暮らせない事も無いだろうと思った。
名前はホテルスパルタ。
何ヶ月も住む事は無く1ヶ月ぐらいかなと思い手続きをする。
26日に教授に会い、自己紹介を英語で前の日からホテルの一室で何度も何度も練習したが、御披露目するようなシュチュエーションは無く、1人1人の研究室に廻って挨拶と、日本から持ってきたお土産を手渡しその後教授との話となった。英語が心配していたが、なんとなくわかったと言う状態。その晩ホテルルンディアで夜12時近くまで古谷さんと飲みつづける。まずは一安心。翌日札幌へと帰国とあいなった。
Photograph
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8月 受け入れ探し
英語学校に通うのと平行して私の受入探しが始まりました。まずはインターネットでスウェーデンの建築事務所を探すのと、スウェーデン在住の日本人を探すことでありました。 そこから何とか建築事務所を紹介してもらおうと言う考えです。 それと今までお世話になた建築事務所の紹介、政府機関を訪問して受入会社の糸口を捜すと言う考えであったがまったくもって糸口は無い状態が続き、7月も終わり8月に突入し始めてしまった。 会社の建築部の先輩でいつも私自身が勝手に兄貴と思っているKさんが突然私の席に近づいてきて
Kさん オニオン受け入れ機関決まったのか?
オニオン いいえまだです。さっぱりだめなんです
Kさん 昨日スナックにSさんと飲みに行ったら、そこの従業員がスウェーデンの会社に詳しい人を知っていると言っていたんだよな。
オニオン 本当ですか?
Kさん 今日早速飲みに行くかぁ〜。おまえもストレスたまっているだろうから、少しストレス発散したほうが良い。 Kさんからの紹介してもらったスナックの従業員の知っている会社はスウェーデンからパネルヒーターなどを輸入代理店を行っているA会社で会った。早速その会社と連絡を取る。3日後、手土産持参で会社を訪問する。 その会社の支店長が出てきて、残念だが受入の会社は無いという返事であった。 ただ君の母校のS教授が10年前にスウェーデンの大学に留学していたから訪ねてみたら・・・。 次の日早速S教授とアポを取り手土産持参で会いに行く。
S教授 君がオニオン君、君の顔覚えているよ。今日A社の支店長から電話が来て君の事を話していたんだよ。ところで、どう受入は決まったかい。
オニオン それがまだでありまして・・・・。
S教授 そう簡単に見つからないよ。いや100%無理。今スウェーデンはサマーバケーション中で企業はどこも休み、しかも企業は一人の従業員を雇うと、税金が高いのであまり雇わないよ。オニオン君大学に留学してみないか?
オニオン 留学ですか!。受かりこないですよ。
S教授 試験は受けないよ。リサーチャーという身分があるのでその身分で留学することが出来るんだよ。ただし担当教授のOKが必要なんだけど。オニオン君、君運が良いね。再来週私ドイツで学会があるのでその帰りにスウェーデンのルンド大学によって10年ぶりにA教授に会ってくる予定になっているんだよ。その時君の事を話してくる事も出来るんだがどうすかね。
オニオン 是非お願いいたします。
S教授 来週までにA4用紙に君のやりたいこと、動機を英文で書いて持ってきて・・・・・。
一気に私の運がめっぐて来た。しかしS教授が帰国するのは9月の10日もしこれがだめだとなった場合は大変なことなので、引き続き受入を探す。
T部長とばったり階段室で会う。
T部長 どうだい受入は?
オニオン 今返事を待っているところです。
T部長 良いかせっかくのチャンス。もし受入が見つからなくても、嘘をついでも行け。良いかそれほど価値があると言うことだぞ。
オニオン ・・・・・。(大胆な人だな〜。)
その後S教授からは一切返事が無くいつも夜遅くまで時差の関係で起きて待っていた。だめなのか〜。半分あきらめモード
会社で。・・・・はいありがとうございます。今日お伺いいたします。
S教授からの電話であった。答えはOKであった。 しかし不思議なもので無いときは綺麗さっぱり無いのに不思議とこの教授からの電話の前の日にカナダからの設計事務所からも受入OKが来た。そしてドイツからも・・・・。
まったく不思議である。もてない男が急にもてた感じである。 カナダとドイツの設計事務所には丁重にお断りをして、スウェーデンのルンド大学にお世話になる事に決めた。非常に悩んだが・・・。 A教授へお礼のメールを送信すると、次の日早速返信メールが届き、それから数日後正式な招待状が届いた。
この招待状が届いた時の感激は今でも忘れることが出来ず、背中に羽が生えたような気がするくらい宙に舞っていた。
次の日その招待状をもう一度見る。
げっげぇ−。
教授の名前A教授ははアーネ・エルムロート教授であることがわかり、一気に僕の羽は切り取られ、一気に不安になった。教授は世界的に有名な人である。 このような私が講座に受け入れてもらってよいのであろうか?
講座の汚点ではないのか・・・・・。
7月 海外留学合格
社員 オニオンさん電話です。社長室のT氏からの電話だった。
T氏は今社長室に配属となっていたがもともとは建築部で私と同期入社である。 現場施工管理を3年ほど行い、その後企画設計部その後、システム管理室に配属となり現在は社長室にと、年々中枢部に近づいている。それに比べ私は現場から現場に走り回り、勤続の半分は地方であります。 そんなことはどうでも良い、T氏が社長室に来てくれないかというので、てっきり同期の飲み会の打ち合わせか何かと思いきや合格という返事であった。 しばし唖然、呆然。建築部に戻る階段室で一人にっこりしている姿はちょっと気持ち悪い・・・。
早速常務、部長、次長に報告笑顔笑顔で会った。おっとその前に、社長に挨拶を書き忘れておりました。
しかし条件が一つつきました。9月までに受入を探さなければこの合格はナシオになると言う条件であった。・・・・
オニオン ただいま〜。おれ受かったよ。
セロリ ほんとなの〜。冗談でしょ
オニオン 冗談でそんなこといえるか。エッヘン!
セロリ これからどうするの?どんな予定
オニオン とりあえず9月末までに受入の会社を探さなければならない。出発は10月18日と決めたよ。俺の37回目の誕生日に。ちょっとかっこいいでしょ。
せろり それで受入れ機関の当てはあるの
オニオン ない〜。何とかなるさぁ〜。それより語学の勉強をしないとなぁ〜。大学の教養以来まったくやっていないから・・・・。
セロリ 英語より受入を見つける方が先でしょ。
オニオン それはそうだが、明日から探すよ。
セロリ どうやって?
オニオン 心配するな。オレの後ろには100人の応援がいるんだよ。
6月 面接
オニオン 明日いよいよ面接試験だよ。こうなったら突拍子な事を言って役員に受けるしかないな。でも自分でも言うのはおかしいが結構時代にマッチした論文書いたから絶対に大丈夫。あとは英語で質問された時の答えだが・・・。これは考えないでおこう。英語での質問で来た時は、英語が喋れる条件は留学条件ではないって言う。
せろり それ英語で言うの
オニオン いや日本語で言うよ。でも役員になったばかりのT部長我が社で留学制度が始まっての最初の留学者で、当然英語もペラペラなんだよな〜。なんか英語で質問されそうなかんじがするな。でも考えてみれば今回一般応募に切り替えたのはオレのようなぼんくらでもスタート台に立てさせてやるという配慮での一般応募だよな〜。今までは良い大学を卒業した人が暗黙の了解か何か知らないが決まっていたのだから・・・・・。ヨシこれを強調すればイケルかもな・・・。
せろり そんなこと役員の前で言えるの。今までは頭の良いやつが海外に行って、今回は頭の悪い人がいけるようにしてもらいありがとうございますって・・・言うの。
オニオン そんな表現じゃ無くモット違う言い回しをするよ。
*************面接************
予想通り応募者私をいれて4名、建築部から2名、企画設計部から1名、経理部から1名。海外留学先はアメリカとイタリア、フランスそして私の留学地はスウェーデンであった。 4名はしばし狭い社長室長室で待つことになり、その間他の3名と話していた時、他の3名は皆語学留学で入国するという裏ワザであった。今回の応募で企業に入るか、大学などに留学するかのどちらかを選択するのであるが、私は企業ということにしていた。大学なりに行ってもついていけないと思い民間企業に行こうと決めていた。 しかしこの時点では受け入れ機関はなし。当然受かるかどうかわからない人材をそう簡単に入れてくれるほどやさしくは無い。 まして海外など・・・。 私の面接は2番目であった・・・・。社長室は蒸し暑かった・・・。
会長 オニオン君上着を脱いでも良いですよ。今日は非常に蒸し暑い
オニオン 失礼して脱がさせてもらいます。
社長 さてオニオン君 なぜ君は海外留学したいのかね?
オニオン (待ってたばかりに)・・・・・・・・・・・全てを言ったがなんとなく気まずい不陰気もただよったが、言わないよりはマシと思い。
T部長 今回の募集は君のような存在、考えを求めていたんよ! ピンポ〜ン
見事私の考えは命中。お見事。 面接は以後快調受け答えが出来たが、最後にT部長
T部長 他の3人は英語学校なりに語学留学でビザ発給をしてもらいその間に正式な留学先を決めるようにしているのに君はなぜしない
オニオン そのような事ぜんぜん知りませんでした。(きっぱり言う)
全てが終わった。受かっても落ちてもまあ、役員に顔を覚えてもらっただけでもヨシとしよう。 でも、かすかな期待が体の中によぎった。
オニオン ただいま。面接終わった。
セロリ どうだった。ちゃんと受け答えできた?
オニオン できたできたできすぎで。役員の求めていたものに的中
セロリ 発表はいつなの
オニオン わからないよ。2,3日中じゃないのか〜。
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3月 社内募集
オニオン 今日会社のメール見てたら社内留学の募集があって1名を海外へ2年間留学させる募集が出てたんだよ。オレ出してみようと思うんだよ。だって募集資格全て整っているし、この機会を逃すと次2年後で40歳になってしまうからこれが最後のチャンスかもしれない。とりあえずしゃれで出してみようかな・・・・・?せろり 絶対あなたは無理。無理に決まっている。だって今までの留学者はみなあなたより頭の良い人が留学してたんでしょ。それにあなたは英語もろくに喋れないじゃないの。その前に日本語もちゃんと喋れないじゃないの。トマトが最近変な言葉になってきているのはあなたのせいなのよ。知らないの・・・・。この前出したメール読んでいたら所々変な言葉があったわよ。また北海道特有の表現って言い訳するの!まあ受かりっこないからとりあえずやってみれば。多分社内でも有名になるんじゃないの・・・.恥知らずって!
オニオン やってやろうじゃないの。もう絶対に受かってやる。もし受かったらどうす。
セロリ 受かりっこないから何も考えつかない。
オニオン 腹立つね〜ェ その言いかた。
セロリ あっそう!
オニオン でも社内メール見た時、松田聖子じゃないけど、びびびとくるものがあったのよ。おいでおいでしていて、はいはいとような感じがしたのよ。この感じわかる?
せろり ・・・・・・・
オニオン 5月末に論文を提出その後役員面接なんだよ。役員に顔を覚えてもらうだけでもヨシとしよう。
セロリ とりあえずやってみれば・・・・・・・。もし受かったら私やトマト、キャロットはどうするの。
オニオン その気になってきたのか? 皆連れて行くよ。
セロリ ただ聞いただけ・・・・・。
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