ちゃあの、「母」さんの お話なんですが・・

わたしはね、産まれつき 本来は?
明るいさんだと 思います。多分(*^_^*)

わたしが 「母」 の 存在を 思う時・・
やっぱりね「愛されたい」「愛してますか?」の想いが 溢れてきます。


小さいときからの 記憶を たどってみるのだけど
抱っこされているとかね
手を繋いで 貰ったとかね 「無い」のですよ♪

記憶が 出てくるのが 3歳ころからだとするとね
覚えているのは
叱られているところと
叩かれたりしているところσ(^_^)

いつもね 「顔色」 伺っているところ
今日 おかあさん 機嫌いいいかなぁ・・と。

本来は 明るいさんって 書いたけれど
幼稚園でも 学校でも お友達の中の わたしは おしゃべりで 明るいさんだったのですねぇ。
ひとなつこかったとも 思います。

でもね 家の中でね「ほーーっと」した感じって
無かったんですよ♪
「ぴりぴり」してました。
ゆいいつ 父が わたしを かばって くれていた感じです(言葉は無いのだけど 黙っているのだけど それはね とってっも 感じていました)

厳しいと 言うより もしかして ヒステリー気味だったかもしれないです。(ストレスでね)
たたく(たたき 続ける・・かな) ののしる だったですから。

お顔もね「汚い 顔して」と しょっちゅう 言われてましたよ。
色は 黒いし そばかすあって・・きたない 顔してって
「馬鹿」「死ね」「嫌われる」とかもね しょっちゅうでした。

風邪引いて 熱を出したときにね
一人で 寝ているのね・・
弟が お母さんと 一緒に寝ていて
「ねぇちゃん どうしたん?」と 母はね「風邪 ひいたんや」と 弟と 一緒に寝るのを 見て「おかあちゃんと 寝たいなぁ」と 思ったものね_(^^;)ゞ

でもね 仕事の合間にね 遊びに 連れて行ってくれたりとかね そういうのは よく やってくれたのですよ。

でもね・・出てくる言葉はね 否定の言葉だけでした。


だから・・
わたしって「自信」の 無い 子供でした。
周りの人には 見えないけれど 自分の中では「否定」の 自分でした。

3歳の時に 初めて 車酔いをして 吐いたときに ひどく 叱られました。車も 洋服も 汚した!!と。

旅行へ 行くと 必ず酔うので 母は「あなたを 連れてくると 面白くなくなる」と「あー ほんとにもう!あなたのせいで 面白くない」が 口癖。



思春期に なっても づっと そんな感じ。

でもね
病気に 関してだけは「母」は ひどく 敏感で ちょっと したことでも 大きな病院へ 私を 連れて行って 「病気」が どんなにか 怖いかと言うことを 聞かされました。
そして わたしが その 恐ろしい 病気に かかっているかも知れないと 言うのでした。わたしの事を 心配も していたと 思います。(病気に敏感だった母には それなりに 理由が あったかもしれないです)

それで ちいさいちゃあさんは「病気」は それは それは 怖いものなんだって 思い切り 思い込みました。
(病気に対して 敏感だった母には 何か 理由は あると 思います)


乗り物酔いも「あんたは 酔う!」と いつも 言うので、車を見ただけで 吐いていました。

家で こころが ほっと♪ することが 出来なくて 高校進学の時には 家から 遠いところへ 進学して 自立しました。
家を 離れたのですね。

そして 高校卒業したら「東京」へ。わたしは 家を 離れたかった・・。




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