美和の恋…section2_2 宮川
<出会い・2>
8時が近づく。
美和は何だか心が落ち着かなかった。
澤田に黙って別の男の人たちと遊びに行くことも原因の一つだが、宮川たちだからこそ、
というのもあるのかもしれない。
「松井、今日誕生日だな〜」
ふいに澤田が話し掛ける。
「いくつになったんだっけ?」
「21ですよ」
歳も覚えていなかったのか…美和は憮然として澤田を見上げた。澤田はそんな美和に気づきもしない。
店内では美和は澤田に対して敬語を使っている。当たり前のことだ。
「21かぁ〜。若いなぁ。羨ましいよ。俺はその頃何やってたんだろうなぁ…」
そう呟く澤田の脳裏には何が駆け巡っているのだろうか…
「20過ぎたらあっという間ですよー。知らない間に澤田さんの歳に追いついちゃうんだから」
美和はくすっと笑いながら話す。笑う話題でもないのに…そうでもしないと美和の心は平静を保てないほど、バイトの後のことが気になって仕方なかった。
澤田は店長の仲村が美和と澤田から離れているのを横目で確認して、美和の耳元にそっと囁く。
「今週の火曜日、バイト休みだよね?久しぶりにどっかこうか」
澤田の吐息とともに囁かれる甘い声…美和は軽い眩暈を覚えた。
「でも午前中は講義があるから…」
(だから何?)
自分自身に「から…」の続きを問い掛ける。美和は断りの台詞を探していたのだろうか…
「俺も午前中は厳しいから。午後がいいかな」
美和には断る理由など無かった。愛しい人が美和と逢いたいと言っている。それに応じないなんてことは出来なかった。
「うん、わかった。じゃあ12時30分に授業終わるから。それ以降に電話して…」
「OK」
ポンと美和の肩をたたいて澤田はレジの方に歩いていく。
(終わりにしなければいけないのに…どこかで、きちんと…)
澤田から教えてもらうことはいっぱいあったが、未来の無い澤田との付き合いに美和は疲れ始めていた。
20時を告げるアナウンスが店内を流れる。
澤田はレジを閉めてお金をビル内の金庫に持って行った。
美和はあわただしく帰り支度を始めた。澤田に急いで店を出て行く自分を見られたくなかった。
「お先に失礼します!」
「美和ちゃん今日は早いねー。あ、さてはデートか。そりゃあ誕生日だもんなぁ〜」
「ったく店長ったら。当たり前でしょー。野暮な質問しちゃダメですよ!」
ニンマリと笑う仲村をかわして美和は駆け足で店を出た。
外は意外と冷えており、冷気が美和の全身を被う。少し身を縮めた。
(もう11月なんだもんね…)
お気に入りの薄手のハーフコートでは11月の夜風を防ぎきれていない。もう厚手のコートが要るかもしれない。
自分の店で買ったショルダーバッグから携帯を取り出し、宮川に電話を入れた。
聞きなれた呼び出し音が数回なったのち、宮川が明るい声で電話に出た。
「もしもーし」
「もしもし、あの…」
自分の名前を名乗ればいいのに、何故か少し躊躇してしまった。
「美和ちゃん?」
「あっ」
さっきはそんなに長話もしてない。初めての電話でのやりとりで、しかも「もしもし」しか喋ってないのに、宮川には美和の声がわかったのか、それとも時間がちょうど約束の頃だったからなのか。とっさに自分の名前を言われて美和は驚いた。
「よくわかりましたね」
「だって美和ちゃんの声、ちょっと高くて特徴あるからね」
美和の声がわかったのか…わざとそう言ったのか、美和にはわからないが、その一言が美和には凄く嬉しかった。
「今店出たんです。宮川さんたち何処にいるんですか?」
「俺らAビルの向かいのコーヒー屋にいるよ」
バイト先のビルの向かいにはコーヒーショップはひとつしかないのですぐわかった。
「わかりました。じゃあすぐ行きますね!」
電話を切って小走りでコーヒーショップに向かった。
宮川たちはコーヒーショップを出て店の前でわかりやすいように待っていてくれた。
「お疲れ〜〜!」
「誕生日なのに遅くまでご苦労さん!」
宮川たちが美和の労をねぎらう。
運動不足の美和はちょっと走っただけで息があがっていた。
「走って来なくてもいいのに」
くすくすと笑いながら宮川が美和を見る。
「だって待たせちゃ悪いと思って。」
「おぅ。んじゃ行くかぁ?」
「何処に行く?」
「美和ちゃんの誕生日だろ?自分で行きたいところどこか無い?」
「うーん…」
美和は少し洒落た居酒屋を選んだ。
2度ほど行ったことはあるが、どんなメニューがあるかなんて忘れてしまっている。
座敷に案内されて美和は宮川たちの向かいに座った。
「お飲み物からお願いします」
店員さんが注文を取る。
「俺ら生中でいいよ。美和ちゃんは?」
「私も生中で。」
「お、結構いけるくちなのか?」
「やっぱり仕事のあとはビールでしょ?」
美和はわかったような口をきく。飲めないわけじゃないがそんなにビールは好きなほうではなかった。
「私まだ宮川さんの名前しか聞いてなかったんです。あの、お名前は?」
宮川の隣の男が、あぁそうだっけ?という顔をする。
「俺は谷口ね。宮川の一応先輩かな」
「谷口さんにはいつも助けられっぱなしですよ。今日も谷口さんのおごりでしょ?さすが〜!」
先輩と後輩ながら、かなり仲がいいんだな、と美和は思った。
「今日谷口さん競馬で勝ったんだよ。凄いぜ、万馬券だもんな。びっくりだよ。何であの馬買ってたのかホント不思議だよ。」
宮川に誉められて谷口が少し照れたように笑った。
「俺なんかすっからかんだよ。おかしいなぁ…絶対来ると思ったのに」
谷口が競馬で当てたために、駅前まで買い物に来たようだ。
美和は誕生日だからといって彼らにおごってもらおうと思っていたわけではなかった。おごられるのは借りを作ったみたいであまり好きになれない。
宮川と谷口が今日のレースの話をしている間にビールが運ばれてきた。
「よっしゃ」
「それじゃあ美和ちゃんの誕生日を祝って、あ、そういえば何歳になったんだ?」
「21だよ」
「若いなぁ〜」
「そんなことないよぉ」
美和は否定してみるが、自分でもわかっている。まだまだ若くて人生経験も少なすぎることを。
「んじゃ改めて、美和ちゃんの21歳の誕生日にカンパーイ!」
ビールの入ったジョッキが心地よい音でぶつかり合った。