美和の恋…その2・宮川
<揺れる心>
充実した一日が終わり、美和はシャワーを浴びてベッドに身体を投げ出した。
(宮川…克己…)
営業の仕事をしているらしく、人懐っこいところや話し上手なところ、たまに憎らしいことも言ったりするが、垣間見える優しさ。
何故か美和の心の片隅に宮川がひっかかっていた。
火曜日の朝を迎え、美和は心なしか憂鬱だった。
愛しい澤田に逢える、いつもなら朝から嬉しくてそわそわしているのに、何故か今日は腰が重い。
今日は1限から授業が入っているため、8時前には家を出なければいけなかった。
(何を着ていこうかな…)
澤田と逢う約束はしていたが、何処に行くのか、何をするのか何も聞いていなかったため、美和はオレンジ色のタートルネックのセーターとストレッチジーンズを選んだ。外に居ても寒くないように丈の短いコートを羽織る。ヒールのない革のショートブーツを履いて美和は大学に向かった。
授業中、美和の心はすっかり別のところにいってしまっていた。
頭の中は澤田のことで埋め尽くされていたが、その隙間に宮川が見え隠れしている。美和も自分自身の心の中がわからなくなっていた。
「どうした美和?」
澤田が美和に声を掛けた。
「ん…、ううん、何でもないよ。」
美和は澤田の運転する車に乗って、外の景色を眺めていた。今日は少し遠出をして、この近くでは割と大きな植物園に向かっていた。
美和は流れていく外の景色に目をやって、できるだけ何も考えないようにしていた。
「どうしたんだ?ぼーっとして。」
美和にちらっと目をやると煙草に火をつけた。
「何でもないよー。今日の授業でちょっと絞られちゃったから」
澤田との会話も美和はうわの空だった。
よく考えてみれば今まで澤田とプライベートで逢っているときに、美和と実のある会話をあまりした覚えは無い。美和も澤田も何故かあたりさわりないことしか話さなかった気がする。
(不倫…)
だから仕方ないことなんだろうか…
口論をしたこともない。
ましてや喧嘩をしたこともない。
二人が真剣に向き合うことが無いというのは、特殊な恋愛形態ゆえのことなのだろうか。
(私は澤田さんの何を愛しているんだろう…)
確かに物知りで、澤田の話してくれることは楽しい。ベッドの上でも美和をこの上ない程満たしてくれている。
澤田と付き合う前に特定の彼氏が居たわけではなかった。
(寂しいから?誰でも良かったの?)
冷めていく美和の心を表すかのように、二人の乗った車は加速を上げていく…
午後8時、美和は自分の家に帰っていた。
(何だか疲れた…)
澤田と植物園に行ったあと、澤田は美和の身体を欲した。美和も断ることが出来ずに結局澤田を受け入れた。
いつも美和に女の悦びを与えてくれる澤田の唇や指、その雄々しいものも、今日の美和には虚しく感じた。
(澤田は私のことをどう思っているのだろうか…)
まさかこのまま美和とずっと関係を続けていくことも出来ない。美和にだって人並みの幸せを求める権利がある。
(このままでは私は都合のいい女になってしまうのかしら)
今まで気づいていても触れたくなかったことを美和は思った。
ベッドに突っ伏したまま何もしたくない…何も出来ない…
不意に携帯電話から着信を知らせるメロディが鳴った。
随分長いこと出なかったが、ずっと鳴りつづけているため、ベッドから重い身体を持ち上げて携帯を見る。
(メモリーされていない番号…誰?)
見慣れない着信番号が画面に映し出されていた。
怪訝に思いながらも美和は電話に出た。
「もしもし…?」
「もしもしー?美和ちゃん?」
一度だけ電話で聞いたことのある声が美和の耳に飛び込んできた。
「…宮川さん?!」
「おーぅ。お疲れー。今電話いいかー?」
まるで友達のように話し掛けられて、沈んでいた美和の心が少し浮き上がる。
「あ、ハイ。いいですよ。」
「バイト中か?」
「ううん、今日は休み。」
「そーかそーか。がんばってるか?」
その質問に美和はくすっと笑う。
「何を?」
「いやいや、この前何かちょっと暗そうだったからな。」
「あはは、心配ありがとう。元気してますよ。」
「んならいいけどよー。」
美和は鞄のことを思い出した。
「そういえば鞄、今週の土曜日には入ってくるみたい。どうします?」
「んじゃあ土曜日に取りにいくよ。美和ちゃん居る?土曜日」
「うん、出勤。土曜日は10時からかな。」
「何時に終わるんだ?」
「予定では6時。」
「んじゃ俺それくらいに店行くわ。どっか飯でも食いに行こうぜ。」
「うん、いいよ」
美和は即答した。
「おっけ。じゃあ土曜日な。」
また宮川に逢える…美和の心はにわかに騒ぎ出した。