美和の恋…その2・宮川
<消滅>
(まさか…ね…)
美和は自分の心の変化を認めることができなかった。美和がついていけないほど、心の変化は急激だった。
バイトをしていても頭に浮かぶのは宮川のことだけで、あれほど好きだったはずの澤田が話し掛けても応じられないほど。後ろめたさすら感じられた。
(宮川さんのことが気になって仕方が無い…)
宮川と約束をしていた土曜日を迎えるまでに、美和は宮川と何度も電話で話をした。美和はいっぱい自分の話をして、また宮川の話を聞いた。自分が考えていること、今の学校での勉強、バイトの話、将来のこと…
宮川もそれを聞いて色々意見や感想を述べてくれた。
(今までこんな些細なことに飢えていた気がする…)
宮川の一言一言が美和の心の渇きをゆっくりと潤していく。
今まで澤田と一緒に居ても感じられないことだった。
土曜日、今日の美和は明らかに違っていた。
普段はきなれないスカートをはいて、化粧もいつもより濃い目だった。おかげで店長の仲村にあれこれと詮索されたが悪い気はしなかった。
美和はあまり女の子らしい格好は好きではなかった。自分には可愛い格好など似合わない、どちらかというとボーイッシュな格好の方が楽だし、自分に馴染んでいるような気がした。
澤田もいつもと違う美和に違和感を感じていたのだろうか。「今日は可愛いね」と声を掛けただけでほとんど話をしていない。
(何だか宮川さんを気にしているみたいかな…)
美和はこの格好をしてきてから何度も後悔をした。だが刻々と宮川が来る時間が迫る。
17時50分、店に宮川が現れた。
美和は店員としての美和と今の自分を入れ替えるかのように大きく息を吸った。
「ちぃっす」
宮川の明るい声が美和の耳に届いた。
「こんにちは!」
美和も精一杯の笑顔を返し、すでに袋に入れてある鞄を取り出し、ものを確認してもらった。
「うん、やっぱり茶より黒の方がいいね。引き締まって。いくらだったっけ?」
宮川はポケットから財布を取り出して現金で支払った。
「もうすぐ終わるんだよね?」
「あ、ハイ。もうちょっと。」
「じゃあ俺1階あたりで待ってるわ。電話してくれる?」
「はい、わかりました。」
「じゃ、後でね。」
「どうも有難う御座いました。」
18時までの数分がとても長く感じられた。
18時を10分ほどまわったところで美和は宮川の携帯に電話を入れた。
「スミマセン遅くなって。今どこにいるんです?」
「1階の入口付近だよ。花屋が近くに見える。」
「わかりました。すぐ行きます。」
美和は3階のフロアからエスカレーターで飛ぶように駆け下りた。
(ちょっと髪の毛が乱れてるかな…スカート曲がってないかな…化粧は直してきたし…)
美和の姿に気づいた宮川がここだよ、と手を挙げる。
美和もコートを脇に抱えながら手を振った。
「今日は雰囲気違うんだなー」
宮川がしげしげと美和を見た。
「…そうかな?」
宮川の視線が少しくすぐったい。
「だってこの前はパンツスーツ着てたろ?何かカチっとした印象だったからな。ちょっと近寄りがたいような…」
そう言いながら宮川はくくっと笑った。
「そういうカッコの方がいいんじゃねぇの?女の子らしくて。格好だけな」
美和は顔を赤くしながら宮川に手を上げたが、すんなりと逃げられてしまった。
「今日もお疲れ様だな。まぁ何か食いにいこうぜ。」
美和と宮川は気取らない焼き鳥屋さんの暖簾をくぐった。
(何でこの人といるとこんなに安心するんだろう?)
美和は隣で美味しそうに焼き鳥を口にする宮川を眺めながら、表現し難い懐かしいような不思議な感じを受けていた。
「お前もちゃんと食えよ。だいたい痩せすぎだぞ。」
確かに美和は肉付きの良いほうではなかった。昔鍛えた筋肉も大学に入ってからはすっかり衰えてしまっている。
「このくらいが私には丁度いいんだ。」
「あんまり痩せてるととがって見えるからな。」
美和の顔は言われてみれば丸いほうではない。どちらかというと顎もとがっていて可愛らしい雰囲気というより硬い感じがする。
「うん…そうだよね。」
「でも俺は痩せてる女の子の方が好きだけどな」
さらっと言って、焼き鳥を次から次へと平らげていく。
見事な食べっぷり。だけど太ってるわけじゃない。
カジュアルな気取らない格好をしているが、そんな宮川のスタイルは美和にはバランス良く見えた。
「まだ行ったこと無いんだ」
そう言いながら宮川と美和は駅前にあるデパートの入った高層ビルに向かった。
最近建てられたこのビルの35階には夜景が見れるフロアが開放されており、そこから見える夜景はデートの場所としても認知されつつあった。
(まるでデートしてるみたい…)
二人はエレベーターに乗ると、35階のボタンを押した。
(やだ…ふたりっきりだ…何でこういうときに会話が途切れるの…もう…)
いつしか心臓が早鐘を打って、宮川にも聞こえてしまいそう…美和は恥ずかしくて俯いていた。
街を見下ろすと様々なカラーのネオンが地上を埋め尽くしていた。
「綺麗だな」
「光の絨毯みたい」
美和もここに来るのは初めてだった。
点いては消える光、高速道路の連なった光、ビルの窓にともる光、夜景など珍しいわけではないのに、宮川の隣にいると全ての光が眩しく、美しく見えた。
(私、この人のことを好きになりかけてるのかな…)
宮川が美和に笑いかける。
(まだ逢って2回目なのに…)
どちらともなく手をつなぐ。
宮川の暖かい手が美和の心から迷いを消した。