美和の恋…その2・宮川
<決断>
二人は宮川の車で美和の家に向かっていた。
「今日は遅くまで悪かったな。」
「ううん、全然。すごい楽しかった。何かすっごく気が楽になった気がするんだ。」
「良かった良かった。元気なほうがいいぞ。」
宮川は相変わらず軽快なシフト操作で美和に笑いかけた。
「うん」
美和も自然と笑みがこぼれる。
途中コンビニに立ち寄って缶コーヒーを買った。
車の中で暖かいコーヒーを飲みながら、いつしか美和の今の恋愛についての話になった。
美和の胸に針を突き立てられ、その痛みが全身を硬直させる。
「わかってはいるんだ…」
いつしか必ず終わりの来る恋愛だということを、美和ももちろん充分わかっている。
何故…複雑な感情の入り混じったものが美和の視界を遮る。
「わかってるの。やめなきゃ、って思ってるの。もう…」
やめたいんだ…そう言いかけて涙で言葉が詰まる。
「そんなに辛いならやめろよ。」
宮川の手が美和の手を柔らかく包む。
「何て言っていいのかわからんけど…このまま続けてもお前が辛い思いするだけなんだから。」
宮川がふいに美和の手を引いて美和を両腕で包み込んだ。
「もう泣くな」
美和にはその言葉に裏があるようには思えなかった。宮川の心の言葉だと思った。
宮川があまりにも暖かくて、その暖かさが美和に違う感情を植付け、さっきまで流していたものとは違う涙が頬を伝う。
(好きになってしまったんだ…私、この人を。)
まだ2回しか逢ったことがないのに…お互いのことをまだ充分知らないのに…それでも美和の心に触れるものが宮川にはあった。
二人は無言のまま見つめあい、自然と唇を重ねる。宮川の唇のぬくもりが美和の胸に刺さった針を静かに抜いていく。
日曜日、美和は昼過ぎからバイトに入っていた。
昨日の余韻が抜けきらないまま、いつものようにバイト先に向かった。
当然店には澤田も居る。
(悩むことは無いんだ。私はもう澤田さんと終わりにするんだ。)
電車に揺られながら頭の中で何度も繰り返し、宮川のことを思い描いていた。
「おはようございます!」
店に入り元気に挨拶をする。店には店長の仲村も澤田も居た。
美和が来たので仲村が昼の休憩のために店から出た。
澤田と二人きりになり、美和はどうしていいのかわからずに商品のディスプレイを直す。
「今日も可愛らしい格好してるんだな」
澤田が美和に話し掛けてきた。
今日は宮川との約束も無いが、何故か服や化粧に気合が入ってしまっていた。
「たまにはね」
美和は心の狼狽を悟られないように、澤田ににっこりと笑いかけると商品棚に向き返って整理をする。
「何だ、彼氏でもできたのか?」
否応無しに心拍数が上昇する。
ゆっくりきちんと話そうと思っていた、お互い納得できるように終わりにしようと思っていたのに、唐突に核心を突く質問をされて美和は少なからず戸惑った。この場で言うべきじゃないのか…でも隠すことはできなかった。早く言ってしまいたい…胸のつかえを取って自分を解放したい…
美和は心の底から湧きあがるものを一言に込めた。
「うん」
そう答えると美和はゆっくりと澤田の方を向いた。
何気なく放った質問の答えを、澤田は予想していたに違いない。「そんなものできるわけないでしょ」と…
美和の答えを聞いた瞬間澤田の表情が固まったが、またすぐに元に戻った。
「そうかー。良かったな。」
(…本意なの?)
余りにあっさりと認められて、がっかりしたような、ホッとしたような気持ちになる。
「今日仕事終わってからちょっと茶でも飲むか」
「はい、わかりました。」
これ以上澤田を見ていられなかった。許されない恋愛なのだが、澤田に断りを入れずに別の男と付き合うと決めたことに、申し訳ないという思いもあったが、今まで束縛されていた見えない何かから解放されるような、複雑な気分になる。
美和と澤田は駅ビルの向かいの2階にある馴染みの喫茶店の一角で向かい合っていた。
腰をおろしてから二人とも一言も喋らない。
まともに澤田の方を見ることが出来ずに、目の前にあるコーヒーカップを見つめる。沈黙が美和を重苦しい闇の底へと引きずり込む。逃れ出る術を美和は必死に考えていた。
今まで有難うというのも何かおかしい、ごめんなさいと謝ることなのかどうかもわからない。美和は頭の中で絡まった紐を必死に解いていた。
澤田はコーヒーを飲み干し、ラッキーストライクに火をつける。
吐き出される煙が空中で姿を変えつつ消えていく。
美和は既にぬくもりを失ったコーヒーを流し込んだ。
「そろそろ出るか?」
澤田は伝票を握り締め煙草の火をもみ消すと席を立った。
沈黙が、全てを物語った。
美和を制止して澤田がコーヒー代を払う。喫茶店のドアを開けると初冬の風が通り抜ける。
階段をゆっくりと降りていた美和を突然澤田が抱きしめた。痛いくらい力強く、美和の身体と心を締め付ける。
「もっと…早く逢っていたら…」
美和は澤田の一言に何も反応が出来なかった。声を出すことすらままならなかった。
時間は戻らず運命も変えられない。
全てが過去になった。
美和は確かに澤田を愛した。澤田も美和を心から愛しんだ。その事実だけが二人の心の中に横たわった。
それを受け止め、前を向いて進むしかない。