久遠の妊娠


命が芽生えたころ・・・

2000年の8月に長女永遠を産んだ。永遠の産後、とにかく肥立ちが悪かった。

母乳だったせいもあったのか妊娠して8キロ増えた体重が5ヵ月後には16キロ減っていた。
つまり妊娠前より8キロ減ってしまった。
慣れない育児にいっぱいいっぱい。
おまけに旦那の親がしきたり第一で、
一人っ子(跡取)の旦那の嫁である私と永遠の都合は二の次三の次で
とにかくしきたりを押し付けようとしていて精神的に参っていたのも原因だったのかもしれない。
とにかく体がしっかりしない。

そんな時にまた旦那の親が永遠の初節句の話をしてきた。
近所の人やら親戚やらを集めて盛大にやりたいらしい。正直言ってうんざりだった。
おまけに永遠は11月に風邪を引いて以来ずっと治りきらずしょっちゅう熱を出していた。
初節句の前にも風邪を引いていた。
永遠の体調はもちろんだが引越しも控えており初節句を盛大にやってる場合ではなかった。

旦那の親も私の実家の親と相談するといっておきながら勝手に色々決めてしまい、
私の親には私と相談するといっておきながら何の相談もない。
そういうことも重なり初節句のこと電話がかかってきたときに旦那の親と私は衝突した。
永遠が熱を出していても旦那の実家としては盛大に人を呼んで初節句を祝いたいのだという。
私はそれを拒否した。それが面白くなかったらしい。
それをきっかけに姑根性丸出しの義母は私に向かって罵声を浴びせ始めた。

実は旦那の父親は結婚した初めての正月に酔った勢いで
「えりこはうちでもらった嫁だから煮て食おうと焼いて食おうと好きにする」
とうちの親に向かっていったそうだ。
酔った勢いとはいえいってはいけないことだと思う。
そのこともあり旦那の実家にとっては私はものでしかないという意識があった。
でも旦那の父親だけがそういう考えなのかと思っていた。
しかし初節句のことで旦那の実家と衝突したときに旦那の母親は私にこういった。
「あんたはうちに嫁に来たんだからうちのやり方に従え!!!」
今まで我慢していた何かが切れた。
「そんなに気に入らないなら追い出してくれて構いませんから」
と私が言うと
「孫がいるから追い出すわけには行かない」
と義母はいった。
所詮旦那の実家では私は孫を産むための道具でしかないんだ・・・
それだけ聞くと私は旦那に電話を渡し携帯で実家に電話をし
「旦那の実家とやっていけないから明日実家に戻るから」
といった。
そうして荷物をまとめ始め電話の終わった旦那に
「出て行く!あんたの親とはやっていけない!」
その直後。母から旦那に電話があった。
(その前に母は旦那の実家に電話をかけたらしい)
母は旦那に「えりこと自分の親どっち取るの!」
といったらしい。
すると旦那は「えりをとる」と即答したらしい。
私にも旦那は「お前を取るから同居もしなくていい、実家にも行かないでいい」といってきた。
とりあえずその場はそうして修まった・・・

そんなごたごたを小さな小さな久遠はお腹の中で聞いていたんだろう・・・

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