辛い日々


久遠を流産したのは永遠が7ヶ月のときだった。 
周りからは「そろそろ二人目は?」といわれはじめる時期である。
その時期に流産したので地獄だった。

旦那は障害者の施設に勤めている。
日曜日には利用者を連れて外出したりすることがある。
たまたま流産の数週間後にうちの近くまで来てるので
顔出したら?と旦那から連絡があり
永遠をつれて行った事があった。

その時だった。
利用者の一人がたまたま偶然だが私のおなかを触って
「赤ちゃんいないの?」と聞いてきた。
その人は結婚イコール妊娠と思ってるらしくてそういっただけだが
そのときの私にはこれ以上ないつらい言葉だった。
おまけに私が辞めた後に入った女子職員さんにも
「そろそろ二人目作ったらいいじゃないですか」といわれてしまった。
二人目は少し前まで私のおなかにいたんだよ・・・
そういうこともできず主人と二人で笑ってごまかした。

久遠の流産から1ヵ月後、
私たちの結婚式で知りあい結婚した友達夫婦と旅行に行った。
その奥さんのほうは私の親友で
旦那さんのほうも旦那と私の元同僚だった。
ちょうどその時彼女は妊娠中だった。
親友だし大丈夫かなと思っていた。
でもやっぱり駄目だった。
「何でうちの子ばっかり・・・」
そんな気持ちで旅行中いっぱいだった。
友達夫婦は幸せそうにおなかをなでていた。
そういう姿を見るのがとてもつらかった・・・
おまけに
「そろそろ二人目作ったら?」
といわれてしまった・・・
流産のことを知らせていなかったので言われても仕方ないのかもしれないが
2人目作ったらと言う言葉が本当につらかった。

流産後3ヶ月は妊娠しないように言われていたので
特にその時期は本当につらかった。
まわりはなんの気なしにいっていることでも
とても傷つけられた。
悪気はないとわかっていても
本当につらかった。

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