久遠の葬式


四十九日が過ぎたら久遠のために供養してあげようと思っていた。
誰に相談していいのかわからずにいたが
ちょうど永遠の安産祈願をやってもらったお寺に
永遠が体調崩したりしてお返しにいってなかったので
お返しにいった時に相談することにした。

そしてお寺に相談してみた。
水子供養をやってくれるということなので
後日日を改めてお願いすることにした。

ちょうど梅雨の時期・・・
梅雨の合間の晴れの日を選び
旦那と私、そして永遠で久遠のお葬式をすることにした。

かわいい黄色い花を買い、お寺へと向かった。
住職は「○○家有縁水子 慈父○○(旦那の名前)」
と書いた塔婆を持ってきた。 供養の前に住職さんがお話をしてくれた。

水子供養をお願いに来る人の中には
「水子をお払いしてください」と来る人がいるんだそうだ。
お払いというのは
たとえば節分のときに鬼に対してあっちいけとやるものであって
水子はそういう存在ではないと。
新聞広告なんかで入ってくる影響もあるようだが
水子は悪さをする存在だと思われがちだが
仏教の世界ではそうではないんだといわれた。

水子というのができるのは2通りしかなくて
流産か中絶しかないと。
流産の場合はできた子供が流れてしまって悲しいことだけれど
でももしそのおなかの子があと一日、あと一秒多くお母さんのおなかにいたら
お母さんが死んでしまっていたかもしれない。
ならば私が身代わりになりましょうといって水子になったんだと。

中絶の場合は
やむにやまれぬ事情で子供を中絶するわけで
その子の命を踏み台にして
今の生活ができるようになったんだと。

どちらの場合もその子の命と引き換えに
今の生活ができているんだよ、といわれた。
だからその命に対して恥ずかしくないような生活をこれから送ってくださいと。
いつか自分がその子に会ったときに
「お父ちゃん、お母ちゃん、がんばったよ」
といえるような人生を送ってくださいと・・・

その話を聞いている間涙が止まらなかった。
私の命をあの子は命がけで守ってくれたんだ・・・・
そう思うと泣くしかできなかった。

そのあと住職は般若心経をあげてくれた。
その間永遠はうそみたいにおとなしくしていた。
そして住職はそのお寺の水子地蔵をその子のお墓だと思って
近くに来たときや思い出したときにお参りしていってくださいといってくれた。

それ以来近くに行った時や月命日、お彼岸やお盆にはお参りしている。

お葬式のときに久遠に靴を供えた。
またこの世に帰ってきたときに
ちゃんと私たちのところに歩いて帰ってこれるようにと・・・

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