手術室に呼ばれた。
(後でその病院で帝王切開した知人に聞いたら
そのときの手術室は違う場所だったので
多分中絶専用の手術室だったようだ。)
まず手術室の隣の畳の部屋に通された。
するとその畳の部屋に布団が2組しいてあり
ひとつの方に一人寝ていた。
多分私の前に手術した人だと思う。
それにしても無神経な病院だと思った。
いくら麻酔で眠っているからといったって
これから手術する人を通すなんて・・・
手術着に着替え手術室に入った。
タイルの床の冷たい部屋だった。
古い内診台を使っていると思われる手術台がひとつおいてあった。
そこに寝かされた。
足を乗せ太いゴムのようなもので縛られた。
どのくらい痛いのかな、という不安と
たった7週でもおなかにいたわが子に別れを告げる寂しさでいっぱいだった。
手術に立ち会うのは先生と看護婦さん二人。
病院にしてみれば小さな手術だと思う。
でも私にとってみれば子供と別れる大きな手術だった。
考えてみれば生まれてきて今まで病弱ではあったけれど
手術はしたことがなかった。
初めての手術がわが子をおなかから出す手術だった・・・
しばらくすると先生がやってきた。
先生が魚屋さんのような長いビニールのエプロンをして手術が始まった。
一人の看護婦さんが手を握っててくれた。
もう一人の看護婦さんは血圧を測っていた。
いよいよ久遠とお別れなんだなぁと思った。
最初、先生が柑子で子宮の中をかき出す感覚があった。
その後バキュームというやつなのだろうか。
掃除機みたいなやつで子宮の中を吸い出していた。
痛い。
生理痛より痛い。
でも久遠はもっと痛い思いをしたかもしれない。
もっと辛い思いをしたかもしれない。
そう思いながら深呼吸しながら気を失わないようにしていた。
手術室の天井を見つめながらずっと心の中で
「久遠、さようなら。
ちゃんと産んであげられなくてごめんね。
またきっと私のおなかに帰ってきてね」
といい続けていた。
「もうちょっとだからね」
と先生がいう声が聞こえた。
目の前が暗くなりそうだった。
もう少しで終わる、がんばれ、と思いながら
気を失わないように目を見開いていた。
キュイーンという音、痛み、看護婦さんの暖かい手、手術室の天井しか覚えていない。
音が止まり先生が私の顔を覗き込んだ。
何か言われたが思い出せない。
私は小さい声で
「ありがとうございました」と言ったのは覚えている。
看護婦さんが
「先生、痛み止めと抗生剤は?」
と手術室を出て行く先生に言うと
「あぁ、いい、いい」
といって足早に手術室から出て行った。