手術までの日


流産が告げられたその晩。
永遠が寝てから結婚記念日だったのでお寿司を食べた。
「とんだ結婚記念日になっちゃったなぁ」と旦那がいったのを覚えている。
ひたすら泣いていた気がする。
でもきっとこの日を選んで久遠は天使になったんだと思うとも旦那はいっていた。
パパとママが家族になった日に自分は消えていくから忘れないでね、と。

私の母には妊娠していなかったと伝えることにした。
そして旦那の親にも、誰にも久遠のことを教えないと旦那は言い出した。
大事だからこそ誰にも言わずに私たちの胸の中に住ませようと。
だから今でもごく親しい数人の人しか久遠の存在を知らない。
もちろん両家の親は今でも知らない。
それが正しい選択なのかどうかいまだにわからない。

手術までの日をどう送るか考えていた。
とはいえ永遠がいるので寝てもいられない。
もともときっちり主婦業をやる方ではないので(笑)
体になるだけ負担がかからないようにさらに家事を手抜きした。
本当は久遠がおなかにいるときにどこか連れて行ってあげたかった。
どこでもいい。 
あの子との思い出がほしかった。
でも出血と痛みがひどく無理だった。
でもせめて何か残したかった。

そこで思いついたのがプリクラだった。
最初で最後の久遠のいる家族写真として近所のゲームセンターに行って撮ってきた。

手術の前の日に真っ青な顔をして永遠を連れてゲームセンターに行った。
せめて一生残るものだからと、笑顔を作った。
帰ろうと思ったころに旦那から電話が来たので
旦那にも仕事帰りにそのゲーセンに来てもらい家族4人の写真を撮った。
ちゃんとおなかが写るように撮った。
落書きできるタイプだったので家族みんなの名前を書き、
私のおなかの部分には「久遠」と書き込んだ。
唯一久遠がおなかにいたときの写真となった。
  無理をしても撮りに行ってよかったと思っている。
今もそのプリクラは小さな写真たてに入れられ家に飾ってある。
それが久遠の遺影だと思っている。

その晩。
次の日から安静にしなくてはいけないのでできる限り家のことをやった。
なかなか眠れなかったためにそうしていたのかもしれない。
遅くまで掃除をして疲れたためか布団に入るとすぐ眠れた。
最後の夜に久遠はゆっくり眠れたのだろうか。

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