ちぃのBORACAY日記

2001年10月から12月
2001年10月まで
妊婦日記

2002年5月23日

みぃみぃ2歳の誕生日今日でみぃみぃは2歳になりました。
そこで、お誕生会をしました。
お誕生会はほっておくとオヤジの飲み会になってしまうことが多いので、今回は子どものためのお誕生会を企画。
おご馳走は、定番のスパゲティとパンシット(フィリピン風焼きそば)、ブタの串焼きとウィンナー(どこでも子どもは好きである)、ポト(ココナツミルクとお米の粉で作った蒸しパン)。それにお誕生日ケーキを奮発しました。お名前入り風船も1ダース準備。
隣近所の親戚の子どもがたくさん来て、みぃみぃもエンジョイでした。
食べ終わった後はゲーム大会。商品は駄菓子。
みんな夢中になって遊んで、夜の8時ごろまで盛り上がっていました。
実はみぃみぃがこの日をボラカイで過ごすのは初めてのこと。産んだ時はカリボで一泊だったし、去年は日本にいました。
ボラカイっ子みぃみぃのボラカイでの初めてのお誕生会、大成功!興奮して疲れたのかあっという間に寝てしまいました。(嬉しく酔っ払ったVON-VONももう寝ている…。)

画像たっぷりでちょっくら重い上に、親ばか丸出しの特設お誕生日ページはここからどうぞ。



2002年5月18日

もうすぐ雨季風が変わりました。いまだに暑くて暑くてたまらない毎日の上に、雨が少ないのでそこらじゅう埃だらけ。水代の大部分は打ち水といった感じです。でも数日前から風が変わり、ロングビーチの砂浜は半分くらいになりました。波も荒く、みぃみぃはびっくりして抱っこ抱っこになってしまいました。雨が降り始めるのももう時期のようです。今日はバラバグの教会の創立記念日のお祭りがあったので、午前中のミサに一家で行ってきました。しかしみぃみぃは風船売りにくぎ付けで早々に退場…。

風船
そのあとは小さいモーターボートのレースがあり、ちょっと見てきました。これが例年だとまだ風の変わる前で波も静かなので、ロングビーチで行われると、外国人観光客も見物してて盛り上がるのですが、波が荒いため、急遽裏側に変更。こういったアナウンスは全くないため、人づてに聞きながらの会場探しとなります。そんなわけでお客も地元の人ばっかりですが、そこそこ盛り上がっていました。

写真のみぃみぃのちょっと右に見える船、乾季はこのあたりまでビーチです。それに藻も結構打ち上げられてるし。でも、VON-VONによれば藻は海をきれいにしてくれるから大事なんだって。


それからこの右の写真がみぃみぃの教会スタイル。手にもってるのがおねだりの末ゲットした風船15ペソなり。この風船、ボートレースの間に割れてしまいさんざんちぃに八つ当たりしていました。アタシのせいじゃないよ。

2002年5月12日

バスケットボール大会
昨日は久々にメインランドの義父方の親戚を尋ねました。VON-VONたちがそっちで今度の週末にあるお祭りの余興のバスケットボール大会に参加していて、VON-VONは先週から何度か行ってたんだけど(大の男が平日の昼間にいいのかねえ)「ちぃはどおした?」ってみんなに言われるし、結婚した98年から行ってないから一回くらい行きなさいとVON-VONにも家族にも進められて行って見ました。
メインランドに渡って、そこから車で10分ほどでバジャンに着きます。
試合は予想通り負けましたが、楽しい1日でした。

というのも、バジャンには、キレイな川が流れているのです。天気がよければみんなこの川で、服を着たまま前身にシャンプーをあわ立てて水浴びをしたり、洗濯をしたりしています。洗濯は、石鹸でこすり洗いした後は、ただ流れにさらしておけばヨロシイ。水には不自由な思いをしていただけに新鮮でした。


で、みぃみぃは生まれて始めての川遊びを楽しみました。
遊んであげてるのは、VON-VONの妹のプカちゃんと、VON-VONの一番上のお姉ちゃんの子どもマイマイ。
じつはみぃみぃは、マイマイにべったりで(なんかややこしいねぇ)最近ではどこへ行くにも一緒に来てもらっているのです。今、こっちの子ども達は夏休み中。
来月からマイマイも新学年が始まるのですが、そうするとウチのみぃみぃは一体どんなに荒れ狂うのかとちょっぴり心配なちぃであります。

さて、バジャンの親戚の家(102歳というばあちゃんもちょっと忘れっぽくなってたけど元気で何よりでした。)では歓迎してくれて、地鶏を2羽も締めて青いパパイヤと一緒にスープにしてくれました。お昼をご馳走になったけど、見回すとVON-VONがいない。彼はチームのメンバーとともに、別のところでこれまた地鶏を絞めて、椰子酒を回し飲みしていました。こっちはココナツミルクとタンガラッド(レモングラスというハーブですね)で料理していました。こっちもおいしかった。
バジャンをでたのは午後3時過ぎ。こっちの人の楽しみ方はあくまでも早起き。昨日も家を出たのは朝の6時半でした。帰って、9時前にはみんなすやすや。日曜日の今日も、みんな6時前から起きています。
ちなみに今、みぃみぃはマイマイと一緒に教会に行っています。のんびりサイトのアップをできるのもそのおかげじゃ。
川遊び2

2002年5月1日

今日は久々の更新です。またテレシス前に泳ぎに行ったんだけど考えてみたらこのサイトの写真ってみんな同じ構図だなあ…。
今日はかなり潮が満ちていて、美海の右の後ろに見えてるボートのあたりでも1メートルくらい。ちびを連れて行くには絶好です。
さて、先日我が家ではついに水道を引きました!今までなかったのかって?なかったですよ。本当は公共の水道が来るのを待ちたかったんだけど後2年位しないとウチの前まで本管が来ないということでプライベートの水です。今までは隣の家が既にこの水を引いていたので、20リットルのコンテナひとつあたり3ペソでまた買いしていました。自分の家で引くとこれが2ペソになります。それでも高いんですよ。日本人の感覚だったら水道代が月々7万とか8万とかすると言うような家計の割合になると思います。
しかし、すばらしいポイントがありました。なんとこの水道、細ーーーく水を出すとメーターが回らないんです。んで、どの家でもこの水道を引いているところはみんなタンクだの水がめだのを用意して細ーーーーく出した水を溜めてるんですわ。これでどのくらい助かるかというと、毎日洗濯ができます。今まで水が高いから洗濯はためておいて、まず白いもの、次に色物、最後に黒いものみたいに洗剤液を何度も使いまわしていたんです。でも毎日十分な水があると洗濯物の量もちょっとだし、きれいに洗えるし本当にスバラシイ!!ブラボー水道!洗濯の終わった水は猛烈に埃っぽい道に打ち水できるので家の中に入ってくる埃もずいぶん減りました。
これからは日本からもらったりしたうどんやそばも簡単に食べられる!うどんやそばって調理自体は簡単だけど、水をすごくたくさん使うから実は余り気軽に食べられなかったのです。嬉しいなあ。
日本では「湯水のように」という言葉もあるけどとんでもない。4年ぶりに水のある暮らしでとても幸せなちぃでした。

2002年3月22日

おとといまで3日ほど停電がありました。これがある知人の表現を借りれば「人為的停電」。これまでにも停電は毎日一度は必ずありました。これに対しては1月に地元電力供給会社に対する講義のデモ行進があったほど。この島の電気事情は本当にお粗末だと分かってはいました。分かってはいました、この地元電力供給会社A、なんと親会社に電気代を払っていず、そのために親会社から電気の供給がストップされてボラカイどころか、アクラン全域(県全域と思ってください)の「TOTAL BLACK OUT」と相成ったのでした。
中でも外国の便利な生活の中からの観光客が多いボラカイは大打撃。ジェネレーターのないリゾートでは、スタッフが20リットルのポリタンクを担いで高台のウォータータンクに水を補給し、ゲストのトイレを流す水を確保したりする姿もみられました。ちなみにトイレのフラッシュって一回6リットル前後。20リットル(つまり20キロ)担いでも3回水流したらもう空っぽ。停電をキャンドルライトで凌ぐとかって短期間なら結構それも楽しめるけどトイレの水が流れなかったら楽しめないものね。まさに水面下の水鳥のような努力です。いっそ水面下の水鳥のように自転車をこいで発電したらいいとやけっぱちな発言をする人もいました。
その恐怖の人為的停電も、親会社が直接経営を交代することになってようやく終了しましたが、この時もラジオでも「午後3時には復旧する」と言っていたので今か今かと待ち望んでいた所島の復旧は6時過ぎ。いざ通電をはじめたらボラカイに向かってる電線が今度は故障だったそうです。
経営陣が交代したボラカイの電力供給、今後もうちっとまともになることを祈るばかりです。

2002年3月16日

今日は午前中にVON-VONとみぃみぃと海に行きました。ちょっと近所に買い物感覚で泳ぎにいけるのがボラカイ住まいの醍醐味です。
さて、一年中で一番キレイな海。今日はあんまり文章は要らないですね。
画像でご紹介します。
まあ、美海のこの嬉しそうな顔をみてください。ちなみに今日行ったのはまずロングビーチの端っこ、ボラカイテレシス前。ここは遠浅で今の時期は波も穏やか、水の中も石とかサンゴがないからちび連れで泳ぐにはお勧めです。

そこから磯伝いにディニウィッドに移動。親戚のおばさんのやってるレストランでパイナップルシェイクを飲みました。実は私シェイクはマンゴー、バナナ、パパイヤはよく飲むけどパイナップルは初めて。これがさっぱりしてておいしい!甘いものがあんまり得意じゃない人もこれならいけるのでは??大満足の一品でした。



さて、歩いて帰ろうとしたら既に暑い暑い。
みぃみぃの帽子を持ってなかったので
急遽道端からバナナの葉っぱを取って暑さをしのぎました。
ちなみにこれはみぃみぃの暑いポーズです。ボラカイは今こんなにきれい。
誰か遊びに来ると良いなあ。

2002年3月2日

早いものでもう3月。私たちは2月28日の朝、無事にボラカイにたどり着きました。ボラカイは今が一番いいシーズン。帰ってきてよかったーと思うことしきりのちぃであります。
さて、今回はですね、船旅についてレポートいたしやしょう。私たちがマニラから乗ってきたのはMARRY THE QUEEN号。外観は白塗りのなかなかキレイな船です。今回は子連れでもあるので、4人部屋のキャビンを取ろうとしたのですがあいにく満室。エアコン、ベッドつき大部屋の「デラックスクラス」に乗ることになりました。50畳くらいあるかと思われる部屋にベッドがずらり。ベッドの幅はシングルベッドの3分の一くらいで、4つのベッドがひとかたまりの二段構成になっています。厚さ5センチくらいのビニールコーティングのスポンジマットつき。シーツとブランケット、枕は借りられます。(タダだけどIDを引き換えにする)。一人700ペソなり。カティクランへの飛行機は一人2500ペソを越えますからお得さ具合がおわかりいただけるでしょう。この下のエコノミークラスはもっと安いけど、一番下の階の窓なしの船室(フェリーで車とか入れるところ)かデッキ(雨が降ると悲惨)で簡易ベッドの争奪戦になります。難民っぽいですが、それも楽しめるワイルド派には刺激的かもしれません。
さて、船に乗り込んだのが午後1時。船内の食堂でライスは一人分20ペソくらい、おかず一品35ペソくらいの昼ご飯を食べひたすら出港を待ちます。予約してぎりぎりに来る手もありますが、今回も出港直後ダブルブッキングでエコノミークラスを余儀なくされた人の返金の行列が出来ていたのでやっぱり早めに行くほうがいいと思います。船旅自体は結構楽しかったりするのですが、この船の難点はトイレ。ひじょおおおおおに汚い。これ以外では船旅って好きです。
出港は午後5時。途中オディオガンというところを経由してカティクランには朝7時につきました。カティクランの港はこの大型船が停泊できるほど深くないので、パンボートが船まで迎えに来ます。肩幅くらいの板をあっちこっちにつかまりながら乗り移るのは毎度の事ながらスリリングです。いつも不思議なんだけど、この船、絶対安眠できなそうな環境なのに、いつもやたら眠くなります。揺れてるからかなあ。
ちなみに同じ会社から月曜日と金曜日にマニラを出港するVERGIN MARRY号は二人用のスイートクラスもあります。スイートクラスと4人用のキャビンは2部屋にひとつの割合でお湯も出るバスルームがあって快適。つまりおなかの調子が良くても安心して乗れるのでお勧めです。スイートクラスでも一部屋2200ペソくらい。船旅はお得なのです。
こうやって船でボラカイまで帰ってくるとその間に日本とのギャップが埋められていきます。飛行機で帰るとボラカイって急に環境が変わる気がするんだもん…。

2002年2月22日

やったー!ついにあさってはフィリピンに帰れることになりました。本当は先週帰ってるはずだったのにまさかの親子インフルエンザダウン。泣く泣く帰国を延期し、悶々としておりました。
今回は実は、みぃみぃが「川崎病」というのに罹ってしまったらしかったため、検査のための帰国だったんでございました。この病気は心臓付近の血管に後遺症を残すこともあるので日本できちんと検査をしたほうがいいと多くのアドバイスを頂いての渡日だったんです。幸い心配された後遺症も残っていなかったので、晴れて帰国できることになりました。あーーー、早くボラカイに帰りたい。
でも、この思いもかけない帰国でいろんな人に会えたり、サイトのリンクをしていただけるお話が来たりで、なんだか大切な人脈が一気に広がった1ヶ月でした。
そのひとつが冒頭のページでも紹介したラジオ出演。2002年3月9日土曜日、11:30過ぎから文化放送「くわまん、和歌子のサタサタ」にラジオ出演してボラカイを紹介します。聞いてね。んで、これを聞いてボラカイに来たくなるひともいるはずだと勝手に決めて、このサイトに新たにボラカイ案内を盛り込みました。これからもっと充実させる予定だから楽しみにしててください。
それでは次の書き込みは本拠地ボラカイから。ボラカイは今一年で一番いい時期です。きれいな画像もじゃんじゃん入れたいと思ってます。

2002年2月5日

日本は寒いですね。ちぃは2月18日のマニラ行きのフライトの予約をしました。早くボラカイに帰りたいなあ。
さて、この連休あたりボラカイ行きを計画中の方はいらっしゃいますか?
実はこのサイトで何度も紹介している映画、infinityが11日、12日、13日のどれか若しくは全部で現地上映会をすることになったそうです。その頃ボラカイにいる方は是非見てね!この映画はボラカイを舞台にしています。上映会の会場には、映画の中に登場する島の人たちがたくさんいるはず。虚構と現実が入り乱れる映画の世界にオーバーラップして、あなたも映画の中の登場人物になったような不思議な感覚が味わえるかも。これは日本での劇場公開では味わえない不思議な、贅沢な経験になりますよ!乞うご期待!

2002年1月24日 

さて、久々の更新ですが、なんとちぃとみぃみぃは現在日本におります。17日の木曜日に帰国してはや1週間。日本はヤッパリ寒いです。今回はみぃみぃのはしか騒ぎの延長で、「ちょっと検査でもすっか」と帰ってきましたが、結果はなんでもなくて残り3週間の里帰りを満喫中です。
とはいえ、結婚して以来16時間以上VON−VONと離れたことのなかったちぃ。今回急に思い立って帰国したのでVON-VONはお留守番と相成りました。んで、ちぃは出かけようにも結婚以来荷物持たないでいい暮らしだったのに、荷物もあって子どももあってではまったく身動きの取れない私。日本のお母さんはすごいなあと感心しています。
さて、ボラカイを出発したのは13日の日曜日のことでした。おりしもボラカイはアティアティハンのお祭り真っ最中。これは幼子キリストを伝えたネイティブの肌の黒いアエタ(ビサイヤではアティ)の人々と幼子キリスト(セント・ニーニョと呼ばれる)とを称えるお祭り。みんな早朝から墨をといた水で身体を真っ黒に塗って、葉っぱなんかでコスチュームを作って、セントニーニョ像を持ってパレードします。今年は出発間際だったからちょっとミサに参加しただけだったけど…。また近々画像をアップしたいのですが、例によってピンぼけくさい…。
なんか話はばらばらですか、寒い日本から更新中のちぃでした。

2002年1月2日

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
さて、BORACAYも日本に1時間遅れて年が明けました。
今年は大晦日の日に、甥っ子ケンケンのデディケイト(プロテスタントの洗礼)があったので、昼からレチョン(豚の丸焼き)、でなんと夜の7時ごろには寝始めてしまった私たち。0時まで後数分というところで爆竹の音に起こされました。
正月料理のメインは昼間のレチョンの頭(食べないでとってあった)それに、このあたりで欠かせないのが13種類の果物。りんご、マンゴー、オレンジ、パイナップル、スイカ、ランソネス、グアバ、洋ナシ(フィリピンではじめて見た)、パパイヤ…あと忘れちゃったけどとにかく13種類。これは欠かせないのです。で、果物を豚の頭の周りに飾り付けて待機。私たちが寝ていた11時半ごろ、ナナイ(義母)がほかにご飯、水、椰子酒なんかをテーブルに並べてなくなった家族のためにお祈りをしました。年を越したらこの料理を食べられます。
さて、ボラカイの年越しで私が個人的に毎年気になってるのがみんなぴったり時間のあった時計がないから思い思いの時間に年が明けたと言い張っていること。今年もVON-VONが年明けを主張していましたが、私はまだだろうと思っていたらしばらくしてラジオのカウントダウンが聞こえてきました。…やっぱり。
年越しと同時にあっちでもこっちでも爆竹や花火の嵐。聞いたところでは大晦日から元旦は爆竹に当たったり花火でやけどした人が殺到するので病院は大忙しらしい。私も結婚前、病院で夜勤しながら年越ししたことがあったけど、そんな患者さんはいなかったぞ…。
私たちは2時過ぎにまた寝ちゃったので、元旦も早朝から目が覚めましたが、やっぱり甥っ子姪っ子なんかは一晩中はしゃいでたらしいです。ちぃたちも年か…?
ところでクリスマスから熱を出していたみぃみぃ、なんとはしかでした。やっと良くなってきたんですが、彼女、正月料理の豚の頭がやけに気に入って「た(ブタ)、た」と指差して眺めていました。
今年はどんな一年がちぃ一家を待ち受けているのでしょうか。それはこれからのお楽しみ。