セミがミンミン鳴いている真夏。雨戸やふすまを開け払い畳の上で大の字になってのお昼ね
吹く風に風鈴の静かに鳴る音。古きよき時代の日本の夏の風景。
涼しい風が家の中を通り過ぎていく気持ちよさ。
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| 最近は、夏の風も決して涼しいものではなく、風そのものが、暑いものに感じられるようになってしまいました。 |
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かつて、家造りは庇を深くとり、外の風を家の中に取り込むべく、南東、北西の対角線上の開口部を風の道とする家相の教えのもとに忠実につくられていました。
日常生活においては、水神をまつり、地下水をくみあげ生活用水に用い、鬼門をさけた場所から人間の排泄物を畑の肥料として土に返し、自然との共存が成り立っていました。 |
今、わたし達の暮らしは急速に自然と隔離しつつあります。 天然の地下水脈のかわりに水道管をはりめぐらし下水道を用い、畑には、農薬を散布して一切の生き物を拒絶して作物をまもり、住宅においても高気密住宅といった外界と完全に切り離された容器の中に人が住み、夏の暑さを家の中に入れない、冬の温かさを外へ逃がさない、といった考えをもつ家が、現代の住まいの主流になる時代になりました。
この事に対し、わたし達住宅のつくり手は、家の中での快適性ばかりにこだわるのではなく、家の外を含めた自然世界全体の中での家造りのあり方を新たに提案する責任を背負っています。 |
本来住宅は商品ではない。売りたいが為にみんなが欲しがる家造りをめざすのではなく、この仕事に携わる人間が、人としてその人なりに価値あるものを追求した結果としての家造りが提案されるべきです。
海外では、小学校教育の中で建築を取り入れて学習を行っている国がたくさんあります。欧米のみならず、東南アジア諸国においても小学校高学年にもなれば図面をみて、コンセントの記号くらい読める知識を持っています。衣食住は豊かな社会生活をつくる上で必要不可欠なものであれば、学校教育の場で、行われていて当然のものです。
現代では、環境教育も加わってきています。日本においては、何も行われていません。家庭科程度です。デパートへ買い物にいけば、こども服売り場では、綿100%のものが3千円で、アクリル100%のものがキティちゃんのロゴつきで5千円で売られて成立している社会は、職人の技術や、素材の良し悪しに価値を求めず、カタログや展示場の良し悪しで家を選ぶのに共通するものがあります。
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| 大切なものを大切なものとして、つぎの世代へ残していくべき価値あるものを、造り手と住まい手とが協力しあって一緒に考えていく事によって、住宅建築に使われるべき素材や住宅そのもののあり方が間違えることなく選べるようになると思うのです。 |
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