ろーたんは2000年の6月に3085グラムで生まれました。男の子にしては甲高い産声が印象的でした。
生まれてからのことを日記、母子手帳、そして薄れゆく頼りない記憶をもとに月齢別につづろうと思います。
私が産んだ産院は母子同室の母乳育児の病院でした。
生まれてしばらくしてだんながろーたんを連れて来てくれました。
看護婦さんからお世話の仕方を教わりました。この産院は布オムツを使っています。
「泣いたらオムツのチェック、それでもだめならおっぱい」と言う事で彼との生活が始まりました。
首も据わってなくて体もふにゃふにゃだし、ほとんど目を閉じてるし、テレビで見る赤ちゃんとは全然違います。
(今考えると当たり前なんだけど)ほんと正直言って心細かったー。
9時になるとお見舞いのお客さんは帰らなければならないんだけど、みんなが帰ってからの夜がすごく怖かった。
こんなに心もとない小さな赤ちゃんを私が育てる…?
すごくパニックになったのを覚えています。
夜中もずっと泣きつづける赤ちゃん。おっぱいをくわえさせるんだけど思うほど出ないし。
夜中の診回りにくる看護婦さんが持ってきてくれたブドウ糖のなんてありがたかったことか。
(よっぽどひどく泣いてたのでしょうね。)泣き止んだ間にちょっと眠る…そんな入院生活でした。
生んだ翌日からは沐浴の指導も始まりました。赤ちゃんの肛門に体温計を入れて体温を測ります。
入れたときにうんちが出たときは慌てました。あと、38度まで体温が上がってしまい、「しばらく病室で待ってくださいね。
下がったら呼びますから」と言われ、一人病室にいて泣いちゃった事もありました。
小さな体だったけど存在感は大きくて、ずっと一緒のベッドに添い寝してたけど「落ちるんじゃないか、ふんじゃったらどうしよう」
といろいろ考えたこと。
今思うと笑っちゃうんだけど、出産後ってホルモンのバランスが崩れるそうで、感受性が強くなると言うか精神的にすごく
不安定な時期なんですよね。この時期をしっかりゆっくり過ごさないと産後の肥立ちが悪くなるそう。
私はヨガ教室で一緒だった方が偶然にも1日違いで入院していて(もう1人2日違いで入院された)すごく心強かったです。
お互いに病室を訪問しあって赤ちゃんを見せ合いっこしたり(笑い)
そして退院を翌日に控えた夜に見た「SMAP
X SMAP」に出ていた小田和正さんの声に癒されました。(何を隠そう私は
中学時代から彼のファンです。(^O^))
入院期間は生んだ日を0日として5日まで。ほかの病院よりちょっと短めでした。
その間に赤ちゃんのお世話は一通りできるようになりました。
退院の日、だんなの運転する車の後ろの座席でクーファンに眠る我が子を見ながら不安で涙した新米ママでした。
この1ヶ月間は実家に帰ってました。
外にも出られないし、(体力もないけど)ろーたんが泣けばオムツを取替え、おっぱいを飲ませるという繰り返しの日々…。
おっぱいの出が悪いのか、朝4時くらいまで寝てくれなかった夜もありました。
抱っこしておっぱいを飲んで寝たなと思って寝かせるとすぐに泣き出す…。
私が泣きたいわいって何度思ったか。それでもミルクにしなかったのは意地というか、それよりも「めんどくさかった」のですね。
母乳育児ということにこだわりはなかったのですが、母乳育児の本を読んだり、産院での母乳育児の奨励に乗ってしまったというか。
この頃のろーたんのうんちの色は黄色。水っぽくすっぱいミルクのにおいがしてました。
今思うと懐かしい赤ちゃんのにおいです。
母乳のため黄疸が1月以上続きました。
後、同じ方向を向いて寝るので頭の形がゆがんでしまいました。今はずいぶん直りましたが。
私のほうは相変わらず、精神的に不安定でした。
ろーたんと2人きりにされるのが怖かったです。
それから髪の毛!親子共々むちゃくちゃ抜けました。
ろーたんの枕にびっしりつくやわらかな髪の毛…。
シーツの上に落ちる私の髪の毛…。入浴の度に(シャワーしか使えませんが)両手に髪の毛が気持ち悪いほどつきました。
私はおでこが急に広くなりました。ろーたんも生まれたときはふさふさあった髪の毛が前髪だけ残ってまるで「子連れ狼」の大五郎の ようでした。
視力も落ちたようで目がおかしかったのもありました。
この時期に目を使うとほんとに悪くなるそうで本も読めず、ひたすらおっぱいをやり眠るという生活でした。
ろーたんが生まれてちょうど一ヶ月後、実家の近くにある神社にお宮参りに行きました。
これが退院以来親子とも初めての外出でした。
一ヶ月検診に行く前日に助産婦さんに来ていただきました。
体重は順調に増えてるそうでおっぱいが足りているかすごく不安だったので嬉しかった事を覚えています。母子手帳に書いてくださっ た「笑顔で上手に育児できています」という言葉に励まされました。それから生まれてすぐからろーたんはしゃっくりがよく出ていまし た。それも心配の一つだったのですが、「おっぱいを飲ませるとなおりますよ」と言われました。
あと、この頃便秘がちで3日に1回くらいしかうんちが出なかったのですが、助産婦さんに教えていただいたのが、「湯ざまし100ccに
対してこさじ一杯(5グラム)のグラニュー糖を溶かして飲ませると良いですよ」ということでした。
これは何回か試して効きました。それでもだめなときはご存知綿棒浣腸!だんながよくやってくれました。
そして一ヶ月検診。
ろーたんの方は体重も増えてるし問題ないとのこと。黄疸もまだ消えてないけどそれは母乳性黄疸なので心配要らないと言われ、
ホッとしました。
私のほうは一ヶ月経つのに出血が続いていておっぱいの出が悪いのだろうと言われ、出血を止めておっぱいの張る薬を頂きました。
それからは出血も止まりました。
一ヶ月半経ったときに自宅に帰りました。
車の中から通りを眺めたとき、浦島太郎になった気がしました。
季節はもう真夏でした。
これからは家事は一人でこなさなければいけません。
いちばん困ったのが買い物でした。
ろーたんを連れて行かずに寝ている間に自転車で行って、帰ってきてドアの前に立つと中から泣き声が聞こえてきた…
なんてこともありました。(まねしちゃいけませんよ)
やっぱりいけないと思い、生協の宅配にお願いするようになってずいぶん楽になりました。
だんなの帰りが遅かったのでお風呂も入れてました。
この頃はベビーバスで入れて、自分はろーたんが寝た後にこっそり入ってました。
泣き声が聞こえて慌てて出た事もありました。
まだ体も小さかったのでお昼寝させるときは座布団一枚あれば寝かせられました。
夏という事もあって座布団にバスタオルを敷いて上からフェイスタオルをかければ十分だったのです。
義母が買ってくれた70センチ用のランニングにオムツで十分間に合ってたろーたん、今年の夏に着せたら
お腹がパンパンでした。