産み分けを考えていたわけではなかったので、
「どうせ男の子でしょう」と諦めの中での妊婦生活を送っていたため、
おなかの赤ちゃんにとっても苦しい思いをさせたんだと自己嫌悪。
そして、あることを思い出した。 

まだお腹に赤ちゃんが入っていることを知らなかった私は、
その時に風邪を引き、薬を何種類も飲んでいたことが浮かんだ。
生理がちゃんと来る私は、
あの時薬を飲んでいたから1週間は遅れても仕方がないと思っていた。
それがはっきりと思い浮かんだ。・・・
この原因ははっきりしたことはわからないとしながらも、私の中ではこれだ!と思った。

その後、パパの母が来て姿を見たとたん、
涙がポロポロと流れ、一言も話すことができなかった私。
ばあばと同じ誕生日になった「みさき」、おかあさんはそれでも私の体を労わってくれた。
もちろんパパも。

.だんだん時間が経ってきて、事の次第がちょっとずつ分かってきた。
母子同室の病院でありながらも、もちろん私は1人。
授乳時間に合わせて新生児室に行き、
窓ガラス越しに看護婦さんが保育器にいるみさきにミルクを与えてくれる。
鼻からチューブで・・

生後2日目に看護婦さんが先生にお願いして哺乳瓶でミルクを与えてくれた。
すると、驚いた事に10ccを飲んだ。
その看護婦さんがこっちを振り向くと、顔中涙でグシャグシャだった。
もちろん、私も涙が溢れて止まらない。
看護婦さんが、「これが私の生き方なのよ」ってこの子は言ってるのよ。
いつまでもおかーさんが泣いてちゃいけないネって言いながら、
「私もこの子に教えられたよ。本当看護婦やっててよかった。ありがとう」って
みさきに声をかけてくれた。私はその日から1日1日授乳時間にみさきを見に行く度に、
とっても励まされ、勇気付けられた。

面会には、毎日パパがゆうきを連れてきてくれた。
ゆうきは何が起こっているのか感づいている様子。
でも私のベットの上で私の膝の上にしっかり座ってテレビを見ている。
やっぱり寂しいのだろう、ガマンしているのが伝わってくる。
帰る時はいつもダダをこね、パパがだましだまし連れて帰る。

看護婦さんはいつも気にかけてくれ、入院生活を助けてくれた。

そんな中で私は今まで、「当たり前」ということが
どんなにすばらしいことなのかということを思い知る。
みさきのおかげで改めて「感謝する」ことを教えられた。

家庭はもちろんのこと、両親・親族・みんながとっても助けてくれた。
パパやパパの妹、PCを使っていろんな情報を調べて私に教えてくれた。
みんなが私を救ってくれた。

だから私も過去の事よりもこれからのことを考えるようになった。
毎日がみんなに「ありがとう」と感謝する日々。

私にとって家族は「宝物」、3人の子供は「天使」そのものだ。
みさきのこれからは、1歳前後で口蓋裂の手術をし、
言語訓練、定期検査、歯の検診となるようです。 
まずはミルクを規定量口から飲めて、「あお向け」で寝れるようになるのが目標。





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