9月17日
10ヶ月目にはいり、初めての妊婦検診。子宮口が2センチくらいあいていると言われ、胎児も下がってきている状況。
※だいたい10センチ大になると、胎児の頭が通れるので生まれる。
予定日は10月6日だが、「来週あたり生まれるかも」とのこと。「子宮口がかたいとお産が長引くから」と、内診のときに柔らかくする薬をつけられた。
9月18日 (ものすごく長い1日)
朝、ちょっとお腹が痛いような気がして、横になっていた。午前中、家事をしていたら、弱めの生理痛のような痛みが時々する。念のため時間をはかったら、約10分間隔。昨日、お医者さんに早めに生まれるかも、なんて言われたので、暗示にかかったのかと、思っていた。昼近くになって、5分間隔に痛みがくるようになったので、ダンナと実家と、病院に電話。一応入院できるように、タオルやら着替えやらを入れた大きなバッグを担いで、一人で病院へ。そのときは、バッグを担いで歩けるほどの余裕があった。ゆっくり歩いても10分くらいしかかからないところに病院があるため、一度立ち止まっただけで到着。診察を受け、入院することに。子宮口は3センチくらいあいていた。
昼、ダンナが仕事先から病院に来てくれて、入院の手続きをしてくれた。3時頃、ダンナの両親と、うちの母が病院に到着。私は浣腸をすませて、着替え、痛みがだんだん強くなってきていた。お腹に、胎児の心音と、子宮の収縮をモニターする装置をつけた。これが、姿勢を容易に変えられず、不快だった・・・。
夕方、「陣痛室」という、分娩室の隣の部屋に移動する。多分、このころ陣痛は3分間隔くらい。子宮口は相変わらず3センチ。時間の感覚がだんだん無くなる。20時頃親たちは帰ったような気がする。非常につらい痛み。陣痛が来るたびに、ダンナに背中をさすってもらうが、非常にかったるそうだった。気がつくと23時、だいぶ長時間さすってもらったし、翌日仕事もあるため、ダンナは帰った。この間、何度も助産婦さんや看護婦さんが様子を見に来たが、子宮口は相変わらず3センチ。
9月19日
日付が変わった頃、陣痛は約1分間隔。妊娠関係の本などでは、「だんだん陣痛の間隔がせまくなり、痛みが増して、子宮口が開く。」とあったが、ぜんぜんである。助産婦さんも勤務は終わっているのに残って、開かない子宮口をこじ開けようと(?)がんばってくれたが、どう甘く見ても、3センチちょっとしかあいていない。叫ばずにはいられない痛さ。痛みを逃さないと、最後にいきむ力がなくなると言われ、「ヒッヒッフー」とやったが、疲れるばっかりで痛いものは痛い。こういうときも、看護婦さんは非常に冷静だった。
朝、9時頃だったと思う。その日の担当の医者が回診に来た。 以前、妊婦検診のときに、非常に感じの悪い人だと思った、女性の医者。「子宮口はまだ3センチね。まだまだダメよ。」目の前が真っ暗になった感じ。一晩中痛くて、まだダメなのか。いつ生まれるんだ。いつまで耐えれば、子宮口は開くのか、本当に10センチまで開くのか!?!?!?一度病院に来たダンナも、仕事に行ってしまった。
午前中、うちの母が来た。痛みが来るたびに、また、腰をさすってもらった。多分、1回か2回子宮口を柔らかくする注射を、肩にしてもらった。
午後、うちの父が来た。私が苦しみ、痛がり、叫ぶ姿を見て、驚いて帰ってしまった。(いや、本当は手伝いたかったに違いないが、なにもする事がなく、いても心配で参ってしまうからだろう??)陣痛促進剤の点滴をした。子宮口が開くようにとのことたが、痛くてしょうがない。これ以上促進してどうするんだー!!
夕方、産婦人科の医局長(のようなひと)が来て、診察。まだ子宮口は3センチ〜4センチ。「この先、何時間後に子宮口が全開になるかはわからない。破水して、一気に開く場合もあるし、明日の朝になっても開かないかもしれない。」すごく絶望的になった。また一晩苦しむかもしれない。体力が持っても、気力が持たない!と思った。結局、このまま促進剤を投与し続けて、子宮破裂なんてことになっても困るし、夜中に胎児の心音が弱くなっても、すぐに対応できるかどうかわからないこともあって、たくさんの医者がいるこの時間に、帝王切開にするということもできると説明され、私は即決した。(もう、切ってくれ!切って出してくれーー!!)
ちょうどそのころ、ダンナも来ていて、説明を受けた。うちの母もダンナも、手術することは大変心配して、もう少しがんばれないかという感じもあったが、私はもうダメだった。ちょっとずつでも子宮口が開いてきているんだったら、もしかしたらがんばれたかもしれないが、前日の昼の入院時からほとんど変わっていない状況では、がんばれない・・・。
「ああ、根性無いなあ。」
自分でもそう思ったが、心の底から、「もう、切って出してくれ」と思った。
4時過ぎだったと思う。ダンナが手術の同意書にサインし、私もサインした。すぐに手術の準備が始まった。というか、もう、手術室や麻酔の医者には連絡がしてあったようで、ものすごい速さでいろいろなことが進んでいった。私に関しては、導尿、剃毛、注射、ストレッチャーに乗せられて、手術室へ。その間、当然陣痛がやむわけではなく、(まだ麻酔をしてないので)頻繁に痛みがくる。しかし、その痛みをのがす間を、看護婦さんたちは待ってくれない。どんどん作業を続けてしまう。
手術室に入ると、なんだかものすごい人数の人がいる。こんなに人がいるものか??と思っていると、何やら麻酔科の医者らしき人が、説明している。・・・大勢いる人は、学生さんらしい・・・。私は実験台かー!?!でも、そんなことはどうでもいい。早く何とかしてくれ!!という気持ちだった。下半身麻酔のため、脊髄のあたりに麻酔を打つ。注射される前に、最後の陣痛が来た。それをのがしてから、注射。一気に痛みが消えていった。足下から、温かい感じがきて、もうさわられていることだけしかわからない。と、そのとき、麻酔科の先生が、私の左腕を見て、「あれ?腕、痛くない?」と聞いた。陣痛の痛みで全然気がつかなかったが、点滴されている左腕がむくんで、痛い気がする。点滴がもれていたらしい。一体いつからなのか?陣痛促進剤は結局効いていなかったのか!?手術をしながら、左腕からもれた薬を出していた。
さっき、手術の説明をしてくれた医者が執刀し、手術が始まった。痛みも無くなり、初めての手術にドキドキというか、ワクワクとさえしてきた。お腹を切り始めて、数分。
「おぎゃー!!」
想像していた以上に大きな声を上げて、生まれてきた。「男の子ですよ、今洗ってから見せますからね。」あー。やっと出てきた。ああ、よかった。素直にそう思った。またしばらくして、「ほら、きれいになりましたよ」と初めて見せてもらった。
「岩みたい」
誰に似てるかということよりも、泣いている顔を見て、そう思った。ちょっと失礼な話だ。赤ちゃんは先に手術室を出て、新生児室へ。私も30分ほど遅れて病室へ戻った。
この翌日から、点滴やら、注射やら、いろいろあって、ベッドから出られない日が3〜4日。さらにそのあと、3日くらいして、傷口の抜糸。(今は、ホチキス状のもので、とめてあるのね・・・)29日に退院となった。
4日目から母児同室になったのだが、昼間はよく寝てくれるくせに、夜になると、ミルクを飲んでも寝てくれない。3時間ごとのミルクなのだが、夜9時から0時まで、ずっと抱いてないと静かにしていない。さらに0時から3時までも同様。ただ抱いていればいいのではなく、ゆすったり、廊下を歩いたりしないとダメ。だいたい3時のミルクで寝てくれたが、それでも泣きやまないときは、新生児室で預かってもらった。預かってもらっても泣きやまず、廊下の奥の方から泣き声が響いていた。退院後も夜はしばらく夜泣きをしていたが、徐々に寝るようになった。夜泣きがおさまると、昼泣きが増えてきた。また、泣かなくても、起きている時間も増えてきたような気がする。
これで、首がすわったり、あやしてるのにたいして笑ったりすると、もっとおもしろくなるかなあ・・・。