妊娠中のこと

一人目の時と違うのは、一人目の子どもの育児をしながらの妊婦生活
だったこと。
自分のペースではなく生活しなくてはならないこと。さらに、夫の実家に
いたこと。さらに、その実家から引っ越したこと・・・
などのことが重なって、一人目の時とは全然違う妊婦生活だった。

妊娠発覚

2003年1月
 やっぱり先に妊娠検査薬で調べて、妊娠がわかった。一人目を産んだ病院はイヤだったので、友人がお産で入院していた病院に行った。予定日は9月の中旬。一人目の誕生日といっしょくらい。ということは、妊婦の服も、子どもの服も、だいたい使える。これは嬉しいが、やっぱり夏を妊婦の姿で越さなければならないとおもうと、ちょっとイヤだった。
 第一報を伝えたときの周りの人の反応は興味深いものがあった。
・ダンナは淡々と喜んでくれた。2歳差がちょうど良いと。
・母は「え〜!もう?大変だよ〜。大丈夫?・・・まあ、おめでとう。」
・同居していた姑は「え!?(しばらく沈黙)健ちゃんも小さいのに・・・。」
・同僚の人たちは「おめでと〜〜〜〜〜〜!!!!」と、抱きしめられた。
この差は何なんだろう・・・。多少でも世話をしたりする立場の人は、手放しで喜べないということだろうか?でも、同僚の人たちにすごくイイ反応をしてもらって、やっと、「産んでもいいんだ」と本当に実感した。

体重減少

2003年3月
 実は今回の妊娠発覚直前まで、前回のお産の体重増加分を減らし続けて、ちょっといい調子(ダイエット成功していた)だったので、また増えてしまうのかと残念に思っていたが、今回の妊娠は前回よりもつわりがあって、(しかも昼間仕事中)大変だった。体重もなかなか増えない。初期はそんなに増えないが、上の子の食事の世話をしてると、さらに食べる時間もないため、むしろ減った。

なかなか増えない

2003年5月
 前回の妊娠のときは、順調に増え続ける体重のため、だいぶ医者から注意されたが、今回は増えない・・・。そのせいか、前回悩まされた腰痛もほとんどなかった。体重のせいだったのか・・・。

帝王切開決定

2003年8月
 前回帝王切開で出産しているため、今回もそうなる確率は50%だと言われていた。ただ、もう少し妊娠がすすんでから判断しようと言われてからだいぶたち、もうそろそろ決めないと・・・と言われた。私としては入院も短く、回復の早い自然分娩にしたい反面、また子宮口が開かないんじゃないか、また長い陣痛に耐えなきゃならないのか・・・という恐怖感があった。8月の検診の時に「手術いつにするか、来週決めますね。」と言われて「やっぱり手術になりますか?」と聞いたところ、「陣痛が来たら、子宮が耐えられなくて破裂することもあるからね・・・」と怖い一言。でも、そう言われて踏ん切りがついたというか、自分で決めなくていいことで、ちょっと良かった。
 だが、執刀してくれる医師の検診の時、「本当に手術にするの?前回が手術だったからって、今回もそうしなくてもいいんだよ。自然分娩できるかどうか、検査しなくちゃいけないけど、どうしますか?」と言われた。迷ったけど、破裂は困るので、手術に決めた。

足の付け根がつる。

2003年8月
 足の付け根がむちゃくちゃつるようになった。多分骨盤がゆるんで、自然分娩に身体がそなえているんだろう。