出産後のこと

−後陣痛とわたくし−

手術翌日

 とっても後陣痛が痛い。一人目の時より、二人目の方がより強く痛いらしい。さらに、私の場合は、手術だったから、点滴で無理矢理収縮させているからより痛かったようだ。(泣)
 婦長さんがちょっとだけ赤ちゃんを連れてきてくれた。改めて見ても、白〜い赤ちゃん。

2日目

 ベッドの上で寝ながらでも、寝返りをうったほうがガスも出やすいし、回復が早いと言われ、ごろごろとやっていたが、なかなかガスは出ない。後陣痛はやっぱり痛い。
 夕方息子が来た。赤ちゃんを見に行ったり、スリッパで遊んだり。私に抱っこをせがむかと思ったらそうでもない。ベッドによこになっている母をみて、何やら納得した様子。帰るときも、「ばいばーい」とあっさり。その日の夜は本当にすんなり眠ったらしい。

3日目

 痛くて痛くて眠れなかった。でも、夜中にガスがでて、一安心。導尿の管を抜いてもらって、やっと立ち上がれる。ふ〜らふらしてたが、これで、新生児室まで歩いて行ける。
 胸がはってきたので、おっぱいマッサージをしてもらった、母乳の出は良く、すぐにあげられる状態。しかし、娘がほ乳瓶ででも飲むのがゆっくりなため、まだ直接は吸わせられない。すぐ疲れちゃって、眠っちゃう娘。しかし、おっぱいマッサージは痛い。痛いことばっかりだ。

4日目

 やっと点滴終わり。本当はあとちょっとあったらしいけど、私の血管の都合(細くて、失敗が多いため、もう刺すところが腕には無いらしい)で、飲み薬に変更。でも、子宮収縮剤のクスリ。飲んだら痛い。
 この日から、ミルクの時間だけ娘が来た。

その後の入院生活

 一日ごとに楽になっていったが、後陣痛は7日目くらいまで痛かった。
 今回入院した病院は昼間だけ母児同室で、夜は新生児室で預かってくれるため、夜はゆっくり眠れた・・・わけではない。後陣痛が痛い日は眠れず、痛くないと思ったら、今度は家から携帯に電話。息子が目に洗濯洗剤を入れて、こすってしまい、泣いているので、どこか救急の眼科を調べてくれとダンナに頼まれ、ナースステーションへ・・・。状況は見えないし、電話の向こうでは大泣きしている息子。わざと泣かせて涙で少しでも目を洗っているのだと分かっていても、とても心配で眠れやしない。「家に帰ってきた」と連絡があるまで生きた心地がしなかった。
 そんなこんなで、ちゃんとゆっくり眠れたのは、10日の入院中、2日くらいだったかな。もったいない。
 退院の前の日の夕食は、「お祝い膳」という食事が出た。オードブルやらステーキやらケーキやら・・・。自然分娩の人は、出産して比較的すぐの夕食がこれのようだ。おまけに、赤ワインのハーフボトルもついてきた。病院オリジナルのラベルが貼ってあった。いつ飲もうかな。

マタニティーブルー

 前回は何かにつけてブルーになっていた気もするが、今回は全然といっていいほど無かった。後陣痛で痛くてそれどころではなかったのかもしれないが、驚くほど無かった。名前を決めるまではちょっとブルーだったかな。

退院

2003年9月18日
 退院の日。ダンナが車できてくれた。19日の息子の誕生日に間に合って良かった。
 翌日から母が通って来て、新生児育児を手伝ってくれる。私は育児を、母は掃除や食事の支度などの家事を・・・という分担だったが、娘は3時間おきにきちんのミルクを飲まない。もっと長〜く寝る。ちょっと泣いても、おむつを替えたりするとまた寝てしまう。とても楽な育児。そのため、私もよく眠れる。昼寝しなくても対応できてしまう。母に2〜3時間留守番と育児をたのんで、私は美容室へ行ったり、お宮参り用のスーツを買いに行ったり・・・こんなに楽でいいのかしら。
 まあ、母が3時頃帰って、ダンナが息子を迎えに行って帰宅すると、またその世話で大変なのだが・・・。