がんからの贈り物


生きていると色んな事がありますが、どんな事もプラスにもっていく・・・・・。
そんなかんちの母の体験記です♪
きっと皆さんの参考になるのではないでしょうか。

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───第11回(最終章)───

【 告白 】

楽しかったフルムーンも無事に終わり、表面上は再び家庭での平和な生活が戻っていたが、私の心はずっと焦っていた。
それは、これから夫に打ち明けなければならない大切なことがあったからだ。
私はそのことを心の中で呟いては飲み込んで、
『まだ、今は言わないほうがいい・・・もう少し後にしよう。』その繰り返しを続けていた。
実際のところ夫は交代勤務をやっていたので、安全面を考えるとなかなかチャンスをつかむのが難しいのだ。
帰宅の翌日は朝からの勤務であったから、もし旅行から帰ってすぐに打ち明けていたらきっと寝不足になり、次の日には会社までの1時間の通勤ドライブに危険が生じるであろう。
そして、その次の日は夜勤であった。夜勤の前夜はしっかり眠っておかないといけないのだから、今夜はやめておこう・・・。
そんな調子で2日目の朝がやって来た。
『今日の夜は夜勤だから、眠れなくても大丈夫、今しかない・・・。』
そう思った私は、隣の布団で「オハヨ――」とささやく夫の顔も見ないうちに、いきなりその布団へもぐりこんでいった。
そして、そっと呟いた。
「あのね、打ちなけなくちゃならないことがあるの・・・。」
夫はすかさずこう訊いてきた。
「なに?車をぶっつけた?」
夫がこんなことを言うのには訳がある。
何年位前のことであろうか、私は車のボディーを傷つけてしまってなかなか言えず、この日と同じように夫の布団にもぐりこんで打ち明けたことがあったからだ。
『そんな小さな事ならいいんだけど・・・』と、下唇をかみつつ思い切って私は話を切り出した。
「来週ね、入院するんだ・・・。」
一瞬、時間が止まったようだった。と思いきや、即座に夫は私の顔を両手で挟み、まじまじと見つめなおした。
当然の如く、何故?と理由を問いただす夫に、私は目を合わせないようにしながら、おもむろに再発したことを告げた。
また少し、時間が止まった。そして驚きとあきれる気持ちとを隠しきれない様子で夫はこう言った。
「一人きりで、この胸の中にしまいこんでいたの?」
まったく予想もしなかった突然の告白に、その場ではただただ抱きしめることしかできない夫の苦悩が伝わってきた。
私は黙っていて申し訳なかった気持ちと、やっと秘密がなくなるほのかな嬉しさとが入り混じって、少し泣きそうになってしまうのを懸命にこらえていた。
もう少し時間がたったら涙がこぼれてしまう・・・と思ったその時、ガタッと2階で物音がした。息子が起きたようだ。
私は食事を作らなくては、と言ってそっと布団を出た。
こうして、私の一世一代"事実を隠す芝居"の幕は引かれたのだった。
少し時間が過ぎてから起きてきた夫の顔は、気のせいか目が赤く潤んでいた。

【 海が見たい 】

 夫に対する秘密がなくなったものの、私の心は晴れなかった。
それは決して隠していたという後ろめたさからきたのではなく、同じつらさを与えてしまったという罪の意識を感じたのに違いなかった。
私自身が苦しんできたように、夫も今苦しんでいるのかと思うと胸が締め付けられる。
いつまでも内緒にしておける訳などなく、悩んだところでどうしようもないというのは分かりきっていることなのに・・・。
 そんなある日、入院を翌日に控えた昼下がりのことだった。
家族のみんなが出かけて一人ポツンと取り残されたような気分でいた私は、急に激しい空しさに襲われた。
悲しいわけではない、寂しいとかつらいとか言うのでもない、極端に胸の中に空洞が広がってきて、ただただ空しかった。
空虚だった。それは今までずっと強がっていた私の心が、急にもう一人の別な自分を呼び出しておろおろしているような感覚だ。
どちらが本当の自分なのかわからない。
居ても立ってもいられない、何かをしなければ・・・でも何をしたらいいのかわからない・・・葛藤と混乱が入り混じったまま、私のまぶたが急に熱くなってきた。
いけない、このままでは泣いてしまう。"家族の前では絶対に泣かない"と誓った私の心が崩れてしまう・・・。
私は懸命に逃げ場を探した。
きっと何か良い方法がある筈だ。
・・・そうだ、海を見に行こう! 
今までも、つらいことや悲しいことがあった時にはいつでも私の心を包んでくれた、あの"海"へ行ってみよう!
 家族が帰ってこないうちに出かけよう、と、私はすぐに身支度を整え、キーを片手に家を飛び出した。
夢中で車を走らせること30分余り・・・。防風の松林を抜けると、そこはもう、どこまでも大きく広がった海だった。
曇り空に水平線がかすんでいて、空と海との境界が見えない・・・それはそれは大きな果てしない太平洋の景色だった。
気節はずれの海はひっそりとして、あの夏のざわめきを思い起こさせる海の家などは影も形もない。
見渡せる砂浜には車も数台しか見えず、海原に目をやると黒いウェットスーツを着た何人かのサーファーが、あまりにも静かな波と格闘をしている。
目線を戻し、大きくハンドルを切って、フロントグラスからその広大な海原が見えるように車を止めると、私は静かにエンジンを切った。
ここでなら、そして今なら、泣いても良いという思いに駆られた瞬間、私のまぶたのずっとずっと奥のほうからすぐに熱い涙が、溢れてきた。
いつまでもいつまでも溢れてきて止まらなかった。
 私の中にもこんなに"か弱い"自分が潜んでいた・・・と分かった時、なぜか少しだけホッとして、そんな自分が愛しくさえ思えた。
すると余計に涙は溢れてきて、手に持っていたハンカチをどんどんと濡らしていった。
私は今まで、心の中にたくさんの積み木を積み上げてきたのだ。
前向きという積み木、プラス思考という積み木、頑張る!負けない!諦めない!というたくさんの積み木を・・・。
もちろん、自分のためにではあるが、特に家族のために・・・という気持ちに支えられてがんばってきた。
家族がいるからここまでこれたのだ。だから、家族に秘密を持っている間はがんばるパワーが全開だったのだろう。
しかし、秘密を打ち明けた今、ほんの一部のパワーが失われた為に、怒涛のごとく私の積み木が音を立てて崩れたのに違いなかった。
きっとそうだ・・・・。
しばらくの間、私は泣くことをやめなかった。
思い切り泣いて、泣いて、涙をからしてしまおう・・・・そう思っていた。・・・・・・・・・・
どれくらいの時間が過ぎたのか、太平洋の静かな波はより優しくなり、気がつくと日も西に傾き始めていた。
ボードを小脇に抱えたさっきのサーファーが、ひざから下のウェットスーツをぶらぶらさせてこっちに向かって歩いてくるのが見える。
私はとっさに下を向き、涙にぬれる自分を隠そうとした。
全く知らない人だけど泣いているところを見られるのはいやだったから・・・。
よし!!ここまでにしよう。もう、私の涙も多分枯れてしまったことだろう。
私はガンの告知を受けてから、初めて思い切り泣いたことで少しすっきりとしていた。
大自然の中で、素直な自分を見つめて涙を流したこの数時間のおかげで、何かが吹っ切れたようだ。
私はもう一度、よし!と自分を奮い立たせた。もう一度がんばろう、もう一度心の積み木を積み上げておこう!
ばらばらに砕け散ったたくさんの積み木を、私はひとつずつ丁寧に拾い集めていった。
前向きという積み木、プラス思考という積み木、そして、諦めないという積み木・・・。
こうして車を走らせて家に着く頃には、きっと私の心の積み木も完成しているだろう。
よし、もう大丈夫だ。私はまたがんばれる! 
曇り空を見上げると、雲の切れ間から一筋の光が私に向かってスーッと伸びてきていた。

【 2度目の闘い 】

 「普通の人は、本人に帰ってもらってから家族を呼び、どうしますか?って訊くんです。」
いよいよ入院の日が来て、カテーテル治療の朝のことであった。
広瀬先生は私と家族を呼んで説明を始めていた。
「小西さんの場合は逆でしたけど、病気に真剣に向かっているので、私も同意して旅行もOKしたんですが・・・
どちらかというと片棒を担いだのでご主人に今日は怒られるかなって心配していたんですよ。」
確かに言われてみればそのとおりであった。
私一人が秘密を持っていたのではない、ということにこの時初めて私は気がついていた。
ひととおりの説明が終わり、前回と同じように私はストレッチャーで検査室まで行き、早速"肝動注"が始まった。
また腰の痛みに耐えなくてはいけない、と少々重い気持ちで治療を受ける。
・・・が、治療が始まってしばらく経ったとき、先生が突然言った。
「小西さん、ここ痛いですか?」
確かに少し痛かった。実は、私の血管の中をどんどんと進んでいくカテーテルが、あまりにも細く入り組んだ血管のところで傷をつけたらしいというのだ。
治療は直ちに中断された。
すぐに夫に連絡が行き、私は適切な処置をされて病室へ戻ることになった。
先生の説明を聞いた夫の話によると、先生はとてもとても悔しがっていたそうだ。
私はというと、治療が中断されたのにもかかわらずやはり前と同じように、一晩は安静を保たなくてはいけなかった。
腰の痛みは前回と同じように容赦なく私を襲った。
案の定、次の朝が来るまでがものすごく待ち遠しかった。
さて、次はどうするかが問題であった。
次の日夫と私に説明をする先生は、3つの方法があることを告げた。
第一は、このまま置いて1年ほどは元気に暮らすこと・・・。
第二は、内科の処置で、マイクロターゼという方法で焼くこと・・・。
そして、第3の方法は広瀬先生に手術をしてもらうこと・・・。
私と夫はすでに方向を決めていた。
1年持ったからといってその後はどうなるのかわからない生き方はいやであった。
内科の医師に任せるのも、一応は説明を受けたが、どうもすっきりとは成功できないようだ。
やはり手術を受けるしかない・・・・そう決めていたのだった。
夫と私は5月の時と同じように、先生に手術をお願いすることにした。
広瀬先生は、そのときすでに手術室の予約を取っておいてくれていた。
そして、手術に対するファイトをあらわにしてまた説明を始めてくれた。
ぽつんと言った先生の一言がそのとき私の心に残った。
「抗がん剤を使わなくてよかったのは何かのお告げかもしれませんね。」
 こうして、私は再び、がん病巣摘出の手術を受けることになったのだった。

【 ベンツよりもアウディ 】

 いよいよ手術を受ける決心を固めた私は、意外と落ち着いていた。
方向が決まったら後はそれに向かって進むだけなのだから。
手術の前日、先生が部屋に来て話をした。
「今度はこういうようにベンツマークに切りますね。」
ベンツマークと聞いて、私は思わず真面目に言ってしまった。
「先生、私はベンツよりもアウディのほうが好きなんですけど・・・。」
すると、先生は同じように真面目な顔で、しばらく考えた後にこう言った。
「アウディですか・・・。難しいですね。ベンツで我慢してください。」
こんな会話、ほかの誰かが聞いていたら何だと思うだろうか。
多分先生も私も気持ちのゆとりがあった証拠なのだろうな。
そう思って、後から噴出しそうなるのをこらえた。
こんな調子で受けた手術は、前回よりも小規模だったこともあって割合に簡単に終わったように思えた。
夫の献身的な介護は前回とまったく変わらず、またまた心から感謝の日々であった。
そして、いよいよ退院の日を迎えると、前と同じように我が家は暖かく私を迎え入れてくれた。
違っていたのは庭に咲く花が寒椿だったことだ。

【 人間はなぜ治るのか 】

 ある日、私は知人からビデオを送られた。
タイトルは「人間はなぜ治るのか」というドキュメンタリービデオであった。
観てみて驚いた。ガンには自然退縮ということが存在するというのだ。
観れば観るほど驚きは増していき、私をビデオの前に釘付けにした。
一通り観終わった私は、今まで考えていた自分の信念に間違いがないことを実感した。
治ると信ずる強い心が一番大切であることを改めて知ったような気がした。
どんな時でも「私は治る!」と信じ続けてきた自分の生き方が間違いではなかったことが分かり、私は少しうれしくなった。
ガンという大病に冒されてしまったが、そのおかげで得ることができた数え切れないほどの幸せに、今は感謝するきもちの方が強い。
私は大丈夫。これから先も何が起こるかわからないが、何があってもこの信念だけは貫き通そうと思う。
 家族がある限り、友人・知人が応援してくれる限り、私は乗り越えることができるだろう。
このパワーが私にとってガンからの贈り物だったのかもしれない。

2000年7月9日、日曜日。
まだ蝉しぐれこそ聞こえないものの、ぎらぎらと照りつける太陽は午後になって、一層激しく私の肌を突き刺してきた。
止めどなく噴きだす汗は頬をつたって流れ落ち、ハアハアという息づかいが自分の頭の中から聞こえてくる。
『あと一本、あと一本・・・』と、呪文のように心の中で唱えながら、腰を落としてサーブレシーブの体制をとる。
あと一本で勝つ! それだけをイメージして、私はネットの向こう側に目を向けた。
瞬時、すごい勢いで相手のラケットから飛び出して来た白球を、私は全身の力をこめて敵のコートに思い切り叩き返した。
 この後の準決勝では敗退したものの、いただいた第3位の賞状はとても重く感じられた。
今日もまたテニスのできる幸せを噛みしめながら、ラケットを担いで私はテニスコートに向かう。
さあ、今日も大切な一日頑張ろう。

-おわり-

                                     

最後に・・・・

母の体験記を読んでくれた皆さまどうもありがとう!
母はまだまだ書きたかったと思います。
もっともっと伝えたかった事があったと思います。
とても残念で悔しい結果となってしまいましたが、母はいつまでも心の中ならエールを送りつづけてくれることでしょう。
こんな両親の元に産まれて来れた事を心から感謝します。

お母さんへ・・・・

いつも見ていてくれてますか?
私たちは元気に頑張っていますよ!
お母さんが教えてくれた沢山の『心』は必ず受け継いでいきたいと思います。
お父さんの事は私に任せて安心して見守っていて下さいね。
お母さんありがとう!!!・・・・娘より・・・

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