ガーデニング 

※園芸(間違えても、庭弄り−にわいじり−とはいわない。
なぜならにわいじりの響きの中には
1)ちまちませこせこが感じられ、老人のみたいな卑弱さが感じられる。
2)家の主人ときたら、にわいじりが好きで、、、と卑屈な感じがする。
3)なぜか卑猥な感じがする。
となぜか!?すべて卑が付いてるじゃないの!
日本でもガーデニングと呼ばれることが多くなってきた背景には、西欧的な庭の楽しみ方が定着してきたからじゃないでしょうか。
 最新の庭の写真UP!! (12/10/2002)    

始めたきっかけ

ガーデニングはニュージーランドに来て好きになった。
でも、思い起こすと、子供の頃は庭に柿、ザクロ、イチジク、などがあり、よく食べた。
イチジクを剥いた時のあの白い液が、逆剥けに入っていたかったな。
そう言えば、沢山咲いていたサルビアの花から蜜を吸ったこともあったっけ。
そう言う思い出っていいよな。
人間の持ってる狩猟本能を満たすためか、ただ単に食べることは幸せだからか、(多分両方何だろうけど)なんてことはどうでもいいけど、やっぱり食べられるものって、花がくれない満足感を与えてくれると思う。

ここ、クライストチャーチは別名ガーデンシティ(なんて訳すべきかな?園芸の街?そういや、庭園都市って言うんだっけな。)なんて名前ついてて、賞を受賞した庭を案内するツアーなんかも人気あるんだけど、もともとから英国からの影響が多大な国だがやはり庭園も英国風が主流だ。春になると、あちこちの家の庭先で、キーウィ(いわずと知れたニュージーランド人のこと)、それもおじいちゃん、おばあちゃんが多いけど、彼らが膝をつきつき自慢の庭いじりしている光景が見れる。
おれも綺麗な庭を鑑賞するのは大好きだ、が、@オレん家はリアーハウス、つまり、道路からドライブウェイと呼ばれる通路を入った奥なので通行人からは庭は見れない、つー訳。Aそれに性格的に、一年草を中心とした花は毎年変えるのが大変面倒そうなのと、B経済的にも馬鹿にならない、C見るだけに育てるなんて、そんな無駄な(花より団子的精神)、、、という4つの立派な(?)理由があったのでした。

ついでだが、ニュージーランドのクリーン・グリーンというイメージは観光客だけでなく、キーウィ自身も持っている意識だ。
確かにニュージーランドはどこに行っても緑が多い。ただこの緑は、開拓時代に殆どのニュージーランドに原生していた植物を伐ったり、焼き払ってその上に植えられた、造られた緑、ということだ。耕地、放牧地が国土の大半を占めるという事実がその事を明白に物語っている。
もちろん、世界に名だたる国立公園は手付かずの原生林で覆われてることも追記しておきたい事実である。
英国から持ち込まれた植物(動物に関しては別にき記叙したい。)だけでなく、例えば、コアラで有名なオーストラリアのユーカリの木や、日本のソメイヨシノなどの桜、地中海原産のタワー・オブ・ジュエル(ほんとの名前は度忘れした。スペインのある島の名前が付いてたと思った。)といわれる紫の花、南アフリカ原産の花、エトセトラエトセトラ、、と、世界中のいろんな場所を起源とする植物を、ある時は山歩きをしていて、ある時は街路樹として、ある時は公園で、もちろん園芸店でも、見かけられる。
中でも、日本の桜が最近富に街路樹として使用されている事は、私にとっても大変嬉しい。ニュージーにいながらにして、日本の春の「花見」を体感出来るなんて最高に贅沢じゃないかな。

そういうわけで、オレん家には余り花がない、艶やかでない、賞(しょう)もない(?)のないない尽くしというわけだ。が、花がガーデニングの主人公には間違いないかもしれない、オレも認めよう、(特にコンクールなどは見た目が命だからな。)しかし、だ、敢えて言わせてもらうが、その花に勝るとも劣らないのがオレにとっては”実のなる木”なのだ!(食用に出来ると言う条件付きで。)


(左上)庭への入り口−冬

(右上)庭−春(12/10/2002撮影)

(左下)オレンジのまわり
    −春(12/10/2002撮影)

(右下)赤の樹高約4mのつつじ
    −春(12/10/2002撮影)