届かない愛の詩
2002.5.30
夢のような話だが、私が昔大・大・大ファンだった元X-JAPANの
TOSHIが療育センターの体育館でミニコンサートを開いた。
まだXが全盛期の頃、私は友人と毎年末、カウントダウンを見に
東京ドームに出かけていたのだ。
あの頃はまだhideさんも生きていたし、
何よりあのファンと一体になったXのエネルギーは素晴らしいものだった。
Xが解散した後、ソロ活動をしていたTOSHIは
静かな綺麗な曲を歌ったり、よくTVにも出ていたり
芝居「ハムレット」でデーモン小暮閣下と共演したり(笑)していた。
一時期ワイドショーで「TOSHI洗脳?」と騒がれていたのも記憶に新しい。
さて先日、センターの担任の先生から「元X-JAPANのTOSHIが慰問にやってくる」
と聞いて、すごくわくわくドキドキくらくらしていた。
この話を聞いたとたんに目を輝かせたワタシに、担任の先生方は
「キタマさん(仮名)とX-JAPANが結びつかない・・・」
と苦笑しながら言っていた。(そうかなあ・・・?^^;)
TOSHIのソロの曲は正直あまり好きではないのだが、
あのX時代が妙に懐かしく、また、本来TOSHIの歌声は好きなので
今回のミニコンサートはものすごく楽しみだった。
「TOSHIと同じ場所の空気を吸えるのよっ!」
そうだんなに言うほど、本当に、本当に楽しみだったのだ。
でも・・・・
現れたTOSHIは、苦労をしたのかもしれない。
小さな体育館に生ギターを持って現れたTOSHIは、
昔とはえらく別人のようだった。
かなり太ってしまい、必要以上に愛想も良く、
N○Kに出そうな「歌のお兄さん」のような感じになっていた。
なんだかな〜〜〜と、正直がっかりしつつコンサートは始まった。
でも、失望はそれだけに留まらなかった。
曲はTOSHIのオリジナル曲だけではなかった。
以前洗脳問題の時に浮上していたMASAYAとかいう人の曲が出てきたのだ。
しかも「この曲を歌わせて頂いてる」と来たもんだ!
今TOSHIをプロデュースしているのがMASAYAなので仕方が無いのかもしれないが、
これではMASAYAの歌の宣伝ではないか。
MASAYAの歌のメッセージを伝えるためにこういうところに慰問に来ているのか?
自分のメッセージでなく、他人のメッセージを伝えるために。
その上、MCもひどいものだった。
「昔から自分のあごがコンプレックスで悩んで
自分に自信がないのは全てあごのせいだと思っていた。」
「自分は役に立たない人間だと思い、自殺まで考えた事がある」
障がい者ばかりの会場で、無理やり自分への共感を生もうと考えたかのような
考え抜いたような取ってつけたエピソード。
最終的にはMASAYAと出会ってどうのこうの・・・という話に落ち着く。
こういう話をするTOSHIはすでに「うさん臭い歌うおやじ」のように見えていた。
ワタシの首筋から後頭部にかけてちりちりとしびれる感覚になる。
「用心しろ!」というワタシの体のサインだ。
まあ、宗教だろうと思想だろうと、それはそれぞれの自由。
TOSHIがMASAYAにどれだけ傾倒しようがかまわないことだ。
例え今、MASAYAの広告塔のような事をしていたとしても、
本人があえて選んだ事なのだから。
でも、私が本当に許せなかった一言。
「有名だった頃の歌は、本当に自分がやりたいことではなかった」
なによそれ。(怒)
もし、本当にそれが真実だとしても、
その言葉は言ってはならない事だと思う。
自分の胸の中にしまいこみ、鍵をかけて
決して元ファンには知られてはならない事だと思う。
当時、どれだけの人たちがどんなに貴方達の曲に感銘を受けたかわかっているの?
中にはXの曲を聴いて感動して自殺まで止めた子だっているそうだ。
それにコンサートでのあの膨大なエネルギー。
あそこまで人を感動させておいて、自分はその中でしらけていたと言うの?
そんな人の歌う曲に感動を覚えたワタシ達って、一体、何?
あまりにもファンの気持ちを踏みにじるような言葉を吐いておいて
「愛の詩をうたいたい」だなんてちゃんちゃらおかしい事だ。
TOSHIの愛の詩はワタシの中にはもう届かない。
上っ面だけ綺麗な曲がただただ空回りするだけだ。
TOSHIは今、こういった施設や幼稚園などを積極的に慰問しているという。
でも、実際今のTOSHIを見ていると、
どうも偽善的なものに操られているとしか思えなかった。
本当に、洗脳されているんじゃないの?>TOSHI
少なくとも今の彼は大嫌いです。
初めてのチョコレートケーキ
2002.2.1
初めて父親以外の男性にバレンタインチョコを送ったのは
確か小学校六年生ぐらいの頃だったと思う。
相手の男性は、自分よりも遥かに年上で、
自分にとってはかけがえのないヒーローだった。
そう、私がはじめてチョコを送った相手とは、
それは俳優の宮内 洋だった。(爆)
注:宮内 洋とは、当時のヒーロー番組のアクションスター。代表的な役に
仮面ライダーV3,ゴレンジャーのアオレンジャー、怪傑ズバットなどがある。
それから数年が経ち、私も高校一年生になっていた。
当時の私は淡い恋をしていた。片思いだ。
そしてバレンタインが近づき、私は憧れのあの人にチョコを送りたいと思っていた。
あの方と私はお付き合いなど出来るわけがない。
でも、気持ちだけは伝えたかった。
その為に渡すチョコは、手作りのチョコレートケーキと決めていた。
しかも、無謀なことにチョコケーキなど、生まれてこの方作ったこともなかった。
ただでさえ滅多に台所にも立たないくせに、
いきなり大作に挑もうとする所辺り、若いと思って欲しい。
・・・いや、社会人になってからも同じようなこと・・・
初めて作る餃子を、いきなり皮から作った(しかも失敗した)
という無謀なことをしでかしているので、
もはやこれは「若さゆえの過ち」だけとは言い切れないかも。
さて、このとき一緒にケーキを作ってくれたのが、クラスメイトのヒロコちゃん。
彼女はとても明るく、可愛い子で、しかも料理が得意で、
ぜひ、私が嫁に欲しいと思った女の子だった。
そんな彼女が一緒に作ってくれるのなら、さぞ素晴らしいケーキが出来るだろう。
私達はヒロコちゃんの家の台所を借りて、ケーキ作りを始めた。
一応、不器用なまでも、なんとか順調にケーキ作りが進んでいた。
そして、ハート型のココア地のスポンジが焼きあがった。
・・・スポンジが少々重い気がしないでもないが・・・
スポンジの間にはアプリコット・ジャムを挟む。
実は、私は今までアプリコット・ジャムというものを食べたことがなかった。
よって、スポンジに塗る前にジャムの味見。
ワタシ「・・・ねえ、ヒロコちゃん。」
ヒロコ「なに?」
ワタシ「アプリコットジャムって、アンズみたいな味だね。」
ヒロコ「・・・・」
目が点になったヒロコちゃん、優しく、諭すように私に話し掛けてきた。
ヒロコ「あのねえ、キタマ子ちゃん。」
ワタシ「ん?」
ヒロコ「アプリコットって、アンズの事なんだよ?」
ワタシ「ΣΣ( ̄□ ̄;;;)」
そんな微笑ましいエピソードも交えつつ、何とか無事にケーキが完成。
そして、バレンタインデー当日、私はドキドキしながら
憧れのあの人に手作りのチョコレートケーキを手渡すことに成功。
相手は当然のことながら、ずいぶん戸惑っていた。
その相手とは・・・
普段は仏頂面だが本当は笑顔がまぶしい、
細身でロマンス・グレーの髪を持つジェントルマン
当時68歳の簿記の先生だった。(大爆!)
今思えば、でっかいチョコケーキなど、よくも受け取ってくれたものです。
多分、お孫さん達に上げたのでしょうけれど、
正直、えらく迷惑だったろうなあ・・・(苦笑)
この年になると、バレンタインなど菓子屋の商戦でしかないと思うのだが、
それでも、片思いの女の子にとって、十分告白のチャンスになるこの日。
頑張れ、頑張れ女の子♪
マニア記:「NOVELA」と「ぼくら野球探偵団」
2002.1.19
おそらく、誰にもわからない話なのでこっそりと書いてしまおう。
うれしくて書かずにいられなかったので・・・
先日、とても嬉しいことがありました。
以前から知りたかった「ぼくら野球探偵団」の
NOVELAゲスト出演の話の内容がわかったのです。
「ぼくら野球探偵団」とは、私も見ていなかったので
詳しくは判りませんが、
1980年代にテレビ東京系列で放送されていたもので、
怪人赤マント(爆笑)の悪事を
少年野球チームの子供達が暴き、解決すると言うものらしいです。
「NOVELA」とは、知る人ぞ知る、伝説の日本のプログレッシヴ・ロック・バンドで、
1980年にメジャーデビューしました。
クラシックのような美しい旋律と、ヴォーカルの
五十嵐アンジー久勝さんのギャオスのような
声が印象的です。
余談ですが、私が高校受験のとき、
「NOVELA」を聞きながら部屋で勉強していると、
母が「どうしたの!」と血相を変えて飛び込んできました。
どうやらアンジーのミラクル・ヴォイス
(又は、ニワトリの絞め殺されそうな声)を聞いて
私がどうかしたのかと勘違いを下らしいです。(苦笑)
さて当時、NOVELAは「ぼくら野球探偵団」の
主題歌と副主題歌を歌っていました。
そして番組のディレクターに気に入られたNOVELAは
なんとゲスト出演することになりました。
そのことを何年もたってから知り、一体どんなストーリーだったのか
詳しく知りたかったのです。
先日、ふとそのことを思い出し、「判らなくてもともと」と
インターネットで検索してみたら・・・
いやあー、あるもんなんですねえ・・・
何件か出てきましたが、その中の一つを見てみると、
私設のNOVELAファンのサイトでした。
(しかも、かなりの古株のファンと見ました。)
そこには私の知りたかったストーリーがかなりの長文で
詳しく書いてありました。
そのストーリーとは・・・
怪人赤マントがNOVELAの大ファンで(爆笑!)
自分だけのNOVELAにしようとメンバー全員を誘拐してしまうのです。
・・・この時点で頭がくらくらです。(笑)
その後、探偵団のおかげで見事に救出されるのですが、
この話をファンらしい鋭い目で
色々と突っ込んだコメントをしてくださるので、
もう、その状況が目に映るようで
大笑いしながら読んでしまいました。
たとえば・・・
・ライヴ風景で何の曲が演奏されたか。
・アンジーが何故かキーボードを演奏していたとか。
・メンバーがどんな表情、どんな言い回しの台詞を言ったか。
・赤マントに無理やり演奏させられているはずなのに、
要所要所で決めポーズをしているとか。
・ステージ衣装(超ど派手な上、超ロングブーツ)で
山道を全速力で走って逃げるとか。
・その衣装なのに、メンバー六人、箱にぎゅうぎゅうに
詰められていたとか。
あまりに詳しく、面白く書いてくださっていたので、
お礼もかねて掲示板に書き込みを残しました。
するとすぐにレスを下さいました。(いいひとだなあ・・・^^)
なんと、去年の夏、ファミリー劇場で
「ぼくら野球探偵団」の放送をしていたとの情報が!
今時そんなマイナーな番組を放送してくれる所があったんですねえ・・・
(ぼそっ)じゃあいつか、
「怪傑ズバット」なんかも放送してくれるかも・・・(←話がずれてる)
見たかったなーーーー!ファミリー劇場は入っていないけど。
レンタルビデオ屋は期待できそうにないし、
地道に放送局をチェックしていくしかないのねん。
でも、ずっと知りたかったことがわかり、
その上めったに出会わないNOVELAファンの存在を確認でき(注:絶滅種ではない)、
更に今もなおアンジーが現役で歌っていることがわかり、
(確か50歳くらいのはず。)ある種の感動に打ち震えてしまいました。
いやー、インターネットをやっていて良かったな♪
執念の聖夜(イヴ)
10代最後の年、私は専門学校の2年生だった。
そして就職活動の真っ最中。
卒業する3月までに就職先を見つけなければならなかったが、
3月までまだ間があったし、その頃はバブル時期でもあったので、
それほど慌ててはいなかった。
そう、あの知らせを受けるまでは・・・
それは情報通のT子さんからの知らせだった。
「ねえキタマ子さん、12月24日に名古屋で阿闍梨(注)
(注:読みは合っていますが実際は漢字ではありません。
だって言うの恥ずかしいんだもん^^)
のファンの集いがあるんだって。行こうよ〜!」
なぬ!それは行きたい!絶対行きたい!いや、行かなければならない!
私はアマチュアの頃から「阿闍梨」というバンドのファンだった。
東京、神奈川、千葉、埼玉、そして名古屋!関東近辺ならば
「阿闍梨」の出るほぼ全てのライヴ、イベント、学園祭には行っていた。
(ここだけの話、TVにも写っていた事も何度かあります。*^^*)
その上、友人達と一緒に楽屋待ち(メンバーが出てくるのを待つこと)もしていたし、
当時は否定していたが、今思えば立派に「阿闍梨」の追っかけだった。
当時、親に信用があったからかどうか判らないが、厳しく躾られた姉と違い、
妹の私はかなり自由奔放だったと思える。
おそらく親は姉に厳しくしすぎて、私まで体力が持たなかったのだろう。
(・・・姉ーちゃん、ズルイとか思っているんだろうなあ・・・)
ところが、このとき大きな壁にぶち当たってしまった。
今まで私の追っかけを黙視していた母から、
名古屋行きを猛反対されてしまったのだ。
「何言ってんの!あんたは今仕事を探している身なのよ!
名古屋なんかに行っている場合じゃないでしょう!」
一応、このとき未成年で、親の保護下にある私は、親に従わなければならない。
でも、どうしても名古屋に行きたかった私は、ある妥協案にこぎつけた。
すなわち・・・
12月23日までに就職先を見つけること
これならば文句はあるまい。
もう11月も終わる頃だが、やってやれない事ではない。
私は早速就職情報誌を隅から隅まで見た。
ところがこうしてみると、案外私の希望する職種は募集が少なかった。
無謀にも私が希望していたのは「ぬいぐるみのデザイナー」だった。
玩具メーカーはどれもかなり遠くにあり、とても通いきれそうになく、
通勤の難しさもネックになった。
一つ受けて落ち、二つ受けて落ちた。
結果を聞いてから次の面接の予定を入れていたので、
効率の悪いことこの上ない。
あっという間に12月も半ばになってしまった。
そしてラストチャンス。私はとある玩具の企画会社の面接を受けた。
通勤に2時間近くかかるが電車1本で通える。
社員の保障もしっかりしているし、
何より希望職だ。かなりの好条件と言える。
面接当日・・・私に自信はなかったが、大きな地震があった。(爆)
しかも、面接官が私の作品集を見ようとした時という絶妙なタイミングで。
・・・この時は近くの地下鉄が止まったり、電話が混乱したりと
ずいぶん大変そうだったなあ。(苦笑)ウソのようなホントの話。
とりあえずやるだけの事はやった。結果は一週間後の郵送の予定。
そう、奇しくも母との約束の12月23日だった。
ところが23日の当日、やってきたのは宅配便だった。
送り主は受けた会社から。
中にはなぜかくまのぬいぐるみ。
他には手紙も入っていなかった。
私「・・・お母さん・・・これ、残念賞ってことかなあ???」
母「さあ・・・???」
悩んだが、おそらく追って手紙が届くだろうとそのまま待つことにした。
そして夕方。
辺りがもう真っ暗になった頃、待ちに待った書留が届いた。
結果は・・・
採用決定っっ!!
後から聞いた話、ぬいぐるみは
「採用者へのX'masプレゼント&デザインの参考」
という意味があったそうだ。
本来なら採用通知の後に届く予定だったとの事。(笑)
ともあれ、晴れて母の条件をギリギリでクリアした私は、
次の日の早朝、こだまに乗って一路名古屋を目指し、
念願の「阿闍梨」のクリスマスイベントに参加できたのだ♪
母は「まさか本当に就職を決めて出掛けるとは・・・」と少々呆れ顔だったが、
約束は約束だもんね♪
それにしても、つくづく私も若かったなあ・・・(苦笑)