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1999年3月12日午後7時21分・兵庫県明石市内の産婦人科で2760gの女の子が
生まれました。その、女の子が、「彩花」なのです。
彩花は、いつも笑顔の絶える事のない、女の子で、人見知りが余り無かったせいか、
ご近所には、お友達が沢山いました。そのお友達も、大人の方が多く、ママとお買い物に
行く度に、「可愛いね。」と口々に言われ、皆から手を、握られたりしました。
彩花は、そんな皆の愛情に囲まれ、すくすくと育ちました。「可愛いね」の言葉が彩花には
お気に入りになり、「可愛いね」って言うとすごくご機嫌になる彩花でした。
そんな彩花を、私達夫婦は、親ばかの様に大切に大切に、育てました。彩花はすくすくと
親の愛情一杯に、順調に育っておりました。その幸せの家族は、何処にでもある家族と
全く同じで、笑いの耐えない家族になっておりました。
ところが、そんな何処にでもある生活が、一瞬で真っ暗になるのを、彩花はもちろん。
私達夫婦にも、想像がつきませんでした。  初めて「NEWAYAKAのおうち」に来られた方
の為にもう一度ここに書きます。  「1歳になる前に彩花は、右目が少し腫れていました。
近くの小児科(大久保)に行きました。そこの医者の診断は、「風邪」でした。医者が、言う
事は、信じてしまうでしょ?!特に一番目の自分の子供の事ならなお更です。
その後、彩花は眼科(大久保)に行く事になりました。そこでは「筋肉無気力症」と診断。
どっちが、本当の病気か分からず、眼科からの紹介で、大学病院へ行きました。
大学病院での彩花の検査は、大変なものでした。「人間扱いをしない検査。」検査の実態
を見た時の第一印象でした。その検査とは、「精神異常者が犯罪を犯して刑務所に入った
時に両手の自由を無くす袋に、彩花を入れ実際の医者1名に大学の生徒6名で、彩花を
囲み、目を無理やり開いて見ている。。それも、医者では無く、インターン(生徒達)が・・」
もちろん彩花は、痛さで泣き喚きました。それを、そこの生徒の一人が口を抑えている。
自分の子供が、そんな事されていると、もちろん親は怒るでしょ?だから検査では、親は
入室禁止!なんです。私はそれを振り切り中に入って、現実を見ました。もちろん医者や
生徒達の顔は、覚えていますし、忘れる事はしません!!そいつらに、復習するまでは・・
。検査が終わると「よく分からないので、又来てください」って二度と行かなかったです。
その次は、子供病院に行きました。そこの眼科で見てもらい「脳腫瘍グレード2」と診断!
これが、彩花の本当の病名なのです。いままでの病院での診断は、全て誤診!

「明石大久保町(香山小児科)・・風邪」「明石市大久保町(平井皮膚・眼科)・・筋肉無気力
症」「神戸大学付属病院・・・意味の無い検査」

彩花にどう言い訳するのでしょうか?所詮上記程度の医者達の言い訳は、小学校レベル!
自分さえ良かったらいいのでしょう。これから、大変な事になるのも知らずに・・・・・・・・・・。
彩花の闘病生活は、大変なものでした。親と離れて入院!完全看護の為に帰らされる親達
!そして、彩花は8時間の大手術を行いました。それも、大成功♪看護婦さん達も、手を叩 いて喜んでくれました。彩花は「HCU」病棟で看護婦さん達にすごく可愛がられ、毎日毎日
遊んでもらっておりました。時にはお見舞いで貰った「キティーちゃんシール」を看護婦さん
やママにあげては、「ニッコリ」と笑顔を送るのです。本当の子供は、天使の笑顔をくれます
大人になると出来なくなる、純粋の笑顔を、子供達は私達にくれるのです。彩花の笑顔も
最高の物でした。お金では、買えない最高の笑顔です。「AYAKAのおうち1」にも、書いた
通り、彩花は、この病院でも医者の診断の甘さが原因で、他界いたしました。
1年と3ヶ月のすごく短い命を、とても楽しそうに過ごしました。彩花の様な毎日笑顔の生活
は、私には出来ないでしょう。   



 





























注: 文字用の領域がありません!