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◆ 1度目の入院
家でまずは検査をして妊娠反応が出たので、K大学病院へ、すぐに行った。
その日は、不育症外来でなく通常の外来の先生に診てもらうことに。
即、治療(妊娠前と同様パパのリンパ液を入れてもらう)をしてもらえるのかと思ったら、火曜日が血液採取の日、水曜日がリンパ液を打つ日と決まっているのでその日を待たなくてはいけない。
一刻を争うと思って、早くに診察したのに。
私が診察をした日は、木曜日だった。
それからリンパ液を打つまで1週間待たなくてはならなかった。
なんとか無事水曜日が来ますようにと思いながら、翌週の月曜日が来て、仕事をしていたら出血が。。。
上司に“具合が悪い”旨を伝えて、“今回ももうダメだ〜”と青ざめながら即病院へ。
月曜日は不育症外来の日。
診察を待っているうちに、多量の出血があるんじゃないかとヒヤヒヤしながら待合室で待っていると、思いの他、出血は少量。
担当の先生がいて、即入院。
とにかくベッドの上で安静にしてるしかなかった。
そして、ようやく水曜日にベッドの上でリンパ液を打った。
が、一度出血してるので、とにかく安静。。。
病棟の先生は、“新しい出血ではなく、お腹に残ってる前の血が出ているだけなので、そんなに心配することはないですよ”と言ってくれた。
きっと1年半ぐらい前の治療が少しは効果があったんだとホッとする。
でも、この治療をしていたからといっても、産める確率は7割と聞いていたので、後の3割を思うと最後の最後まで、この妊娠は気を抜けなかった。
2週間経って、退院することに。
会社は派遣で勤めていたが、まだまだ働きたかったし、妊娠していることは万が一(流産)のことを考えて、上司には、“胃潰瘍で入院している”とウソをついていた。
そして、病院にいる間、会社に復帰できる日を何度か電話していたが、退院後1週間休んで出勤しようとした。
さすがにずっと寝てばかりいたので、電車のホームでたちくらみがしてしまい、その日は休むことに。
会社の方では、“まったくなんてヤツ”って思ってたのかもしれない(笑)
デスクワークだったので、問題なく妊娠中も仕事をすることができた。
が、始終、怖いので、トイレで出血が無いか確かめている私がいた(爆)
糸がほつれて下着についたと思われる?ほんのわずかな赤い物にも動揺し、夜間のK大学病院の救急にパパと行って、結局なんでもなかったとホッとするような日があったり。
今回の妊娠に関しては、何かあったら即病院というような人になっていた。
そして、7ヶ月目にもなった10月末に会社を辞めた。
◆ 2度目の入院
ようやっと会社を辞めて、ゆっくりとしようと思っていた28週目に検診に行ったら、3週で2.1Kg増加の上、行って即測った血圧が高かったため、即入院ということに。
ちょっと言い訳・・・
この日に限って分厚いコーデュロイのマタニティを着て、さらに前回行ったときはその前に行ったときよりも体重が減ってたし、さらに、血圧はよく病院へ行ったばっかりのときはドキドキしちゃって上がっちゃうの。もう1度測ったら正常だったのに。先生は、理由はどうであれ、もう最初の血圧しか見ていなくて、ニコッと笑って“はい、入院ね〜”って。
えっ?えっ?これだけのことで入院?
しかも、浮腫も蛋白も糖も何も出てないのに。。。
待合室で、足がすごい浮腫の人見たけど、何度か会ってるけど入院してないよ〜。
まぁ、今までのことがあるから先生は用心の上の用心だったろうけれど。
私の待ちに待っていたお休みがぁぁぁ!!(泣)
そして、退屈な退屈な2週間の入院が続いたの。
健康体そのものだったから、ほんと入院は暇で暇で。。。
毎朝、血圧を測っても、“あら、私よりも血圧が低いわ”と看護婦さんに言われる始末。
だって〜、上が100あたりをいつもウロウロしてるんだも〜ん。
正常または低い方に近いじゃないねぇ。
“体重を量っても全然増えてないから大丈夫ね”と言われて、ほんとに健康体の入院だったの。
あ〜、あの診察日は悪夢だったわ。
とにかくこんなに暇なので、病棟の先生には“退院させてください”というしかなく、返事は“外来の担当の先生に聞いてから”と延ばせれて〜。
終いには、外来の担当の先生に“ど〜ってことなかったみたいだね”と言われたしまった(怒)
毎日毎日、暇なので病院の中をウロウロする私でしたぁ(爆)
◆ いよいよ出産
34週の診察の時に、“もういつでも産んでいいからね〜”って先生に言われた。
あれ?まだ臨月じゃ〜ないんじゃない???
臨月じゃなくてもいいの〜?
ようやっと安静にしなくてもいいという許可?がおりて、それから毎日散歩をするようになった。
もうこの頃は、赤ちゃんも下に下がっていて、早く生まれるのかな〜?なんて思ってたの。
でも〜、全然生まれる気配も無いのよね〜、股のあたりが痛くなってるのに。。。
今、思えば34週あたりで産めば、普通サイズで生まれたかもしれなかった(爆)
そんなこんなしている予定日の3日前の朝、ん?なんだか、ネバ〜っとしたおりものが結構いっぱい!!
これって普通じゃない。パパに“会社に行くのちょっと待ってよ”と待った!!をかけた。
そして、病院へ電話をすると、とにかくわからないので、外来を受診するようにと指示された。
入院の荷物を持ってパパと車で病院へ行って外来を受診すると、“なんでもないので、今度の予約日にまた来てください”とのことだった。
あれ〜?っと思って、パパとまたまた家に戻ったの。
その日はすご〜い雨の日だったのよねぇ。
そして、パパは結構な時間だから、“会社は今日は休む”と言ってたのに会社から電話が。。。
結局、車で荷物を積んだまま出社することになったの。
私はそれからお昼寝タ〜イム。
1〜2時間横になって寝ていたら、“パチッ”とすごい音がしたの。
そう、破水しちゃったのよ〜。
うげ〜、パパいないし、マジ破水?
外はかなりの雨。
とりあえず、実家に電話をしてみた。
ラッキーなことに父がいたので、両親に車で来てもらって病院へ。
は〜、こういう時って、病院が近くじゃないからネックなのよねぇ。
ま、陣痛が来て痛いお腹をかかえて病院へ行くよりは破水して行ったほうがマシだったかも。
今朝のおりものも、実は変な匂いがしていたので、破水じゃないかと私は思っているんだけど。
破水かどうかの検査があるらしいんだけど、してくれなかったの(そういう検査があると出産した後でわかったのでお願いできなかった)
パパとは病院で待ち合わせで、両親には送って行ってもらっただけだった。
そして、やはり破水ということで入院することに。大学病院では、その日の当直の先生が担当医ということになるので、主治医も副主治医も女性の先生だった。
今まで通っていて、女性の主治医にあたるというのは初めてのことだった。
破水してもすぐ生まれるということは無いらしく夕方だったので、“赤ちゃんが大きめなので、ちゃんと通るか調べるために、明日の朝、レントゲンを撮りましょうね”と言われた。
そして、菌が入らないように点滴を。
な〜んだ、破水しても、すぐ出産ってことにはならないんだぁって思ってた。
夕飯も美味しくはなかったけれどモリモリと食べ、休むことに。
が・・・、思いの他、陣痛が早く始まり、食べた物は全て吐き戻すことに。
出産で吐くなんて私の知識には無かった。
自律神経をやられるそうで、結構吐く人は多いらしい。
夜10時ごろ、とうとうベッドでガマンできなくなり、ナースコールを。
そして、陣痛室へ連れられて行った。
吐きながら陣痛に襲われて、心の中で“お願いですから早く全開大(産む態勢に入りいきめること)にしてください”と祈っていた。
陣痛室へ連れて行かれてから以外にも早くスムースに4〜5時間ぐらいで全開大になった。
が・・・、頭に入ってたのは全開大になってから、1〜2時間で産まれるとばっかり思っていたのに、いきんでもいきんでも出てきてくれない。
そう、大きすぎてなかなか出られないのだ。
助産婦さんに“少し休憩してもいいですよ”と言われたのだが、いきまないとお腹が痛くて痛くて、いきみ逃しなんて、したくてもできない。
とにかく陣痛が押し寄せてくると頑張った。
頑張ったけど、全然出てこなくて、助産婦さんが先生に電話をした。
“これからレントゲンを撮りましょう”とのこと。
いきんでから、3〜4時間も経ってからのことだった。
レントゲンを撮ってダメだった場合、帝王切開???
えっ、今までの苦しみは〜?、そしてお腹を切る?
きゃ〜、いやいや!!
なんてお産だ〜〜〜と心の中で、いろいろなことを思いながら、レントゲン室へ車椅子で連れて行かれた。
陣痛中にレントゲンを撮るということは、非常に容易ではないこと。
痛くて痛くて立ち上がれなくて、陣痛と陣痛の間にサッと立ち上がり、さらに、陣痛と陣痛の間にレントゲンの前まで行った。
では、“そのまま立っててください”と言われても、かなりその言葉は困難なことだった。
が、その時間、我慢してレントゲンは終了。
そして、主治医に赤ちゃんが出られるかを確認してもらう。
“骨盤が綺麗なのでもったいないから自然分娩で”とのことだった。
アハ、これって骨盤がデカイってことよね〜。
陣痛はかなり来ているけど、もっと起こさないとなかなか出て来ないみたいなので、最終的に陣痛促進剤を使った。
そして、レントゲンを撮った1時間後ぐらいにようやっと生まれた。
1月28日AM6:50、体重3816g、身長51cmの超ビッグな身体だった。
あ〜、疲れた(爆)
陣痛が来てから10時間以内で出産したとうことで、“安産”と言われてしまった。。。
これで、安産だったなんて〜、難産じゃなくて良かった(笑)