「朝の歓び」(上・下)     宮本輝 著

 最初、上巻を読んでいてあまりはっきりとしない、ちょっといい加減な男の話で、つまらないなと思っていたら下巻でどんどんと面白くなっていった。まあ、こういうことはよくある話だな。たしか「エデンの東」を読んだ時も、最後の最後ほんのちょっとの面白いところを楽しむために、長いつまらない話を読んだような気がする。あれ、「エデンの東」じゃなかったかな。まあ、そんなことはどうでもいいや。タイトルの「朝の歓び」なんだけど、これは生きる歓びのことなんだ。人は、肉体的に恵まれている人、恵まれていない人、愛情に恵まれている人、恵まれていない人、家庭環境に恵まれている人、恵まれていない人、いろいろな人がいる。そんないろいろな人が、いろいろに生きていく。そういう人達の歓びって何だというのがこの話なんだ。「歓び」はやっぱり歓びで、「喜び」ではいけないんだろうな。私も、一人ぽつんと天津という全く知らなかった街にいると、人間の幸せって何だなんて柄にもなく考えてしまう。この小説の登場人物もまた、その幸せを求めて、もがき苦しんでいる。もちろん具体的な答えなんてあるわけがない。それはそれぞれが見つけることだから…。ただこの小説が教えてくれるのは次のようなことかな。

…以下引用……

いったん目を閉じた日出子は、数秒後に目をあけ、

「私がパオロや彼の両親から学んだものは、たくさんあるけど、そのなかで一番大きいのは、感謝する心の大切さだったわ。リョウは、違ったわね。明るく振る舞うことの凄さ……。そうでしょ?」

と訊いた。良介はうなずき返し、

「明るく振る舞えて、感謝する心を忘れない人間は、きっと勝つんだろうな。いっとき、地獄でのたうつような事態が生じても、その地獄のなかで勝つ。そんな気がするよ。」

と言った。

…引用終わり……

人間、目的をもって、人に感謝する心を大切にして、明るく振る舞えたら、きっと幸せになれる。そんなことをこの小説は教えてくれているような気がする。引用に出てくるパオロという人物は障害を持って生まれた青年だ。その青年を育てたご両親というのが、ほんとにあかるく、周りの人に力を与えるようなそんな人物だから、パオロが仕事ができるまでに成長することができたのだろうと言う話が文中に出てくる。私もこのご両親は真の教育者だという気がする。きっと誰よりも、辛く希望を持ちにくい状況であったはずだ。それなのに、希望を捨てず、そんな自分たちの境遇を恨んだりせず、周りの人や環境に感謝の心をもって、明るく振る舞う。生半可な覚悟ではできないことだと思う。私の子ども達が、もしそんな状況であったら、私はこのパオロの両親の様に振る舞えたであろうか。そんなことを考えると、常日ごろの私の悩みなんて悩みの内に入らないなと思う。この数年私は、常に周りの人や環境に感謝の心を持つように心がけてきた。そして明るく周りの人に笑顔で接するように意識して生活してきた。そしてそういうことが、少しずつ私の「朝の歓び」になってきたような気がする。最近は天津の教え子達が、私を見ると自然と笑顔で挨拶してくれるようになった。この学生達の笑顔で私は頑張ることができる。私もこの学生達にそういう笑顔を向けていきたい。なんかちょっとこの小説の本筋からはずれたような気もしないではないけど。もっと、どろどろの恋愛小説なんだけど…。でも、ポイントはこんな所ですよ。なんか堅苦しい小説のように書いてしまったけど、全然そうじゃないんですよ。だめだな、こんな文章じゃ、誰もこの作品を読んでくれそうもないな。結構後半は面白かったんだけどね。

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