「葡萄と郷愁」   宮本輝 著 (角川文庫)

 一番面白いと思ったのは、この小説が二つの物語が同時に進行をしていて、とうとう最後までストーリーの上では接点を持たないままに終わってしまうというところです。一つは日本で、ロンドンにいる外交官の男性からプロポーズされ、受けようか受けまいか迷っている日本人女性の話。もう一つは、ハンガリー女性がブタペストで、アメリカ人の富豪の老婦人から養女になってアメリカで暮らさないかと勧められる話。どちらも結論を迫られているのが、同じ日であった。二人の女性が結論に向かって、思い悩む姿が交互に描かれている。
 まず、日本の学生の置かれている状況とハンガリーの学生の置かれている状況が非常に対照的に描かれている。資本主義圏と共産圏この対比は、宮本輝の小説に良く出てくる。東ヨーロッパの共産圏の国々を描く時、宮本輝は、暗く、重苦しい空気につつまれているような感じでいつも書いている。学生達の考えていること、話す内容が全く、日本の学生と違う。この小説でもハンガリーの学生を描く時、学生の考えていることは、非常に哲学的・政治的である。それに引き替え、日本の学生達は、非常に個人的である。哲学や政治とは無縁の世界で生きているようでさえある。
 全く違った環境に置かれた二人の女性が、共にその環境の中で一人の女性として幸福とは何かを考え、自分の、自分だけの価値観を見つける行程がこの小説なのであろう。日本人のこの女性は、外交官夫人の座に惹かれ、外交官の妻になるわが子を思う親の喜びを考え、長く続いている恋人と別れ、結婚を決意する。ハンガリーの女性は、自由の国アメリカで、思いっきり心理学の研究や、やりたいことに挑戦したいと思う。ハンガリーでの恵まれない家庭環境とも決別したいとも考えている。しかし、結局故郷をあとにすることは出来ない。飲んだくれの親父と政府やいろいろな社会体制に不満をこぼしている大学の仲間から離れることは出来なかった。そして、結婚を考えることの出来ない恋人とも別れることは出来なかった。
 社会や家庭に何の不満もない日本人の女性が、故郷を離れロンドンに行くことを決意する。かたや、ハンガリーの女性は、社会にも、家庭環境にも不満をいっぱいに持ちながら、夢のような好条件でアメリカへ養女として渡る話を断った。人の幸せは、環境や社会体制だけで決まるものではない。が、恵まれた環境の日本人が更に良い環境を求め、比較的恵まれない環境で生きているハンガリーの女性が、そういう好条件、好環境を求めなかったと言うところに、女性の幸せに対する考え方の鍵があるように思う。
 私も中国で一人で生活し、人の一生とか、幸せとかについて、嫌というほど考えさせられた。いつも思うが、お金は衣食住が足りればいいと思う。そんなに贅沢が出来ることが幸せなのではないと思う。精神的な充足感が得られる生活。それが幸せなんではないでしょうか。では、どうすればその充足感が得られるのでしょう。私は、人に必要とされる人間であると自分が感じられる生活であるかどうかと言うことではないでしょうか。妻や子に必要とされていると、心の底から実感できますか。仕事の上でのつきあいのある人たち、例えば同僚や生徒達、そういう人から必要とされていると実感できますか。その感覚が幸せなんではないでしょうか。これがあれば、毎日楽しく生活できると思いませんか。職場でも、家庭でも。つまり、人は幸せになるために、必要とされる人間になることが大切なんだと思います。そのためには、仕事が出来る能力だとか、家族を幸せにする能力だとか、いろいろな能力が必要になります。待っているだけで、能力を身につける努力をしない人はいつまで経っても幸せになれないと言うことでしょう。
 この小説の女性二人も、結局その実感を得るための決心をしたのだと思います。日本人の女性は、ロンドンの外交官の男性に、心から必要とされ、家族もそれを望み、そこに自分の幸せを見つけたのでしょう。ハンガリーの女性は、アメリカに行っても、いろいろなものを与えてもらうことは出来ても、人から必要とされることはあるのでしょうか。きっと、受け身の幸せで、心から充足することは難しいように思います。私も人に必要とされる人間目指して、もっともっと人間を磨こうと思います。大変かもしれませんが、それが一番の幸せへの近道ですから。

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