これは、舞台のほとんどが外国であるということで、現在外国で生活している私にとって、登場人物の気持ちが非常に近く感じられ、楽しく相づちを打ちながらあっという間に読み切ってしまった。上下巻あり、文庫本で900ページを超える長編だが…。そうそう、そんな感想を一番よく表している登場人物の台詞があるので、それを紹介しておこう。これは日本で事業に失敗し、自殺するために旅に出た33歳の実業家の台詞だ。

「たぶん、俺がこの旅行で得るものは数限りないだろう。だけど、その中で最も重要なものは何だって質問されたら、俺は、人間はみんなおんなじだと判ったことだ。そう答えるよ。人は、そんなことは当たりまえじゃないかって笑うかもしれない。しかし、そう言って、俺を笑う人間は、幸福というものについて考えたことのない連中さ。見栄や自尊心にだまされて、他人を愛せなくなってる。ウィーンで、俺はエミに言われた。あなたは恥をかきたくないんだ。男はみんなそうだ。つまらない恥のために男は命を捨てるってね。ほんとにそうだな。俺は実際、見栄と自尊心の塊みたいな男だったよ。でも、俺も、さっきのジプシーもレースを売ってたおかみさんも、日本人を仲間に見せたくてフクコ・イシイを列車から降ろした兵隊も、どこが違うってんだ。おんなじさ。悲しいことがあったら泣くし、殴られたら腹が立つ。子供の病気に心を痛め亭主の浮気にヒステリーを起こし、女房の小言に身を縮め、金に目がくらんでいかさま博打に引っかかる。目や肌の色なんか関係ない。気が遠くなるくらい長い長い、歴史の中で、人間はみんなおんなじだったし、これからもおんなじなんだ。風土や民族が違ってもその人間たちが求めているものは、幸福だよ」

長い小説の中の、中心的な脇役の台詞ですが、私はこの台詞を読ませるために作者はこの小説を書いたのではないかと思うくらい、印象に残る台詞でした。一年間、家族と離れ、職場を離れ、常に幸福とは何かを考えてばかりいました。まさに今の私の心境はこの台詞につきます。日本にいると、いろいろなことが、当たり前だったり、常識だったり、深く考えないで済んでしまうことだったりします。しかし、中国で生活してみて、日本で感じていた見栄だとか、恥だとか、本当のところどれだけ意味のあることなのか、もう一度考え直さなければいけないなと思いました。ものの価値観がちょっと違ってきました。少し肩の力を抜いて、客観的に自分を見つめて、自分なりの幸せを探してみたいと思うようになりました。人間、何とでも生きていけるんだなぁとも思います。問題は、本当にしたいことは何なのかということではないでしょうか。私に何が出来るのでしょう。人として、ひとりの親として、ひとりの教師として。ひとりの日本人として……。

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