10月2日午後から蘇州・南京の旅に出てきました。7日の午前に天津に帰ってきました

日程

10月2日(火) 16時05分天津発の夜行寝台に乗り、蘇州に向けて出発

10月3日(水) 蘇州10時半頃到着 蘇州大学へ行き、宿を確保

         虎丘・寒山寺を見物

10月4日(木) 南京へと移動 ホテルを8時半頃出て、9時頃駅に到着

         南京行きの切符を買う 11時55分発の南京行きを何とか買うこと

         ができた。国慶節という日本のゴールデンウィークのような期間にあ

         たり、大変混んでいて切符を買うのも何をするのも大変だ。

         4時頃南京大学着。一緒に派遣されてきた丸山先生と再会。

         手料理をごちそうになる。

10月5日(金) 南京の街を観光。中山陵(孫文のお墓)、南京博物館、

         日本軍南京大虐殺紀念館とゆっくりまわる。

10月6日(土) のんびりと寝坊をし、昼過ぎの夜行寝台に乗り天津へと出発。

         丸山先生お世話になりました。

10月7日(日) 10時頃天津着。日本の新幹線はすばらしいとつくづく実感する。

 

 

<蘇州大学>

蘇州大学の掲示板は、小泉首相の靖国参拝問題一色であった。こういう掲示板がずらっと10メートルくらい並んでいるのでかなりびびりました。この大学のホテルに宿泊した。中国の大学はどこも、宿泊施設を持っている。安くて、しかも安心して泊まれるので大変便利だ。しかもこの時期、一般の宿を取るのは大変だ。

 

 

 

<虎丘>

呉王闔閭の墓陵が、虎丘と呼ばれている。葬儀の三日後に白い虎が現れたのでそう呼ばれるようになったと言うことだ。とにかく人が多いのにびっくり。おみやげ物屋が並び、日本人だと思うと、「いらっしゃい」と声をかけてくる。ここでも日本人はいいお客さんらしい。

 

 

 

 

<斜塔>

虎丘の頂上の部分に立っている。高さ47メートルの塔で、961年の完成である。400年前から地盤沈下のため傾きはじめ、現在では15度傾いている。

 

 

 

 

<蘇州の街>

蘇州は、上海の隣に位置し、水の都(東洋のベニスとも)と呼ばれる美しい街だそうです。昔はこういう風景がどこでも見られたらしいが、今は現代化されて、こういう昔ながらの舟が行き交う光景は少なくなっているそうだ。

 

 

 

 

<寒山寺>

南北朝梁の天監年間(西暦500年頃かな?)に創建された禅宗寺院。張継の詩「楓橋夜泊」は本院を読んだものとして有名なんだそうだ。かなり大きな寺で、日本人の私が見ると何となく親しみを覚えるような、日本の寺にも通じるような感じの良い寺だ。日本の仏教のルーツを見たような気がした。ちなみにこの寺の創建はおそらく、日本への仏教伝来よりも古い。

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

<中山陵>

左 孫文像  中 中山陵上部から見下ろした風景  右 上り坂の途中

坂をひたすら上り、登り切ったところの建物に孫文の像があり、その奥には棺が安置されている。案内してくれた周くん(南京大学4年生)の話によると、遺体は国民党によって台湾に持ち出された可能性もあるということだった。

南京大学の周君はすばらしい日本通だ。おそらく日本の大部分の大学生より、日本の文学や歴史に詳しいと思う。旅行もいい経験となったが、ここで周君に会えて、話ができたことがもしかしたらこのたびの最大の収穫かもしれない。周君は、日本にも短期間ではあるが数回いっており、中国のことも客観的に見ることができ、いろいろな意味でちょっと今まで中国で会ったことのない学生であった。

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