2000年2月

2000年2月13日
■これって陣痛!?

今日、出産経験のあるお友達と会った。話しているうち、その子は予定日が近づいてきたら毎日せっせと歩い
ていたことを知った。
家に帰って母にそのことを話すと、
「じゃ、あんたも歩いておいで。」
つて言われた。

15時30分。
妹と近くの西松屋で一緒に買い物をする約束だったので、早速そこまで歩いていくことにした。
行く途中、なんかお腹が〃キューツ〃って張る感じがして立ち止まった.何秒かして治まってからまた歩いた。
西松屋で買い物をしている時も、同じように何回かお腹が張る感じがした。
「な−んか今日はよくお腹が張るなあ…。」
家に帰る時も、〃キューツ”てお腹が張って思わず立ち止まった。やはり教秒したら治まったので再び歩いて
家へ帰った。

16時15分。
よくお腹が〃キューツ”と張ることを、母に話すと時間を計ってみたら?って言われたので、そうすることにし
た。
そしたら、見事に12分おきにその〃張り”がやってきていることが判明。
「え−!?まさか陣痛じやないよね−。」
陣痛って言ったら『うぎゃ−!痛−い!』ってわめき散らす程痛いものでしょう?私の場合、お腹が〃キュー
ツ〃つて収縮するような感じがして、『痛い!』と言うほどでもない。
とりあえず、しばらく時間を計りながら様子を見ることに‥・。

22時。
相変わらず、状況はかわらず10〜12分おきにその〃張り”はやってきていた。
さほど痛くないものの、定期的にその波がやってきていることが、なんだか気になってとりあえず産婦人格に電
話を入れてみることにした。
夕方からの状況を説明すると、
「すぐ入院の用意をして来てください。」
つて言われた。
さあ、大変。とりあえず夜勤の夫に電話をいれた。
「そうか。わかった!」
電話の声はなんだか弾んでいたように聞こえたのは気のせい?
「まだ陣痛かどうかも分かんないんだよ−。」
ほんとに気が早いんだから…。

22時30分。
妹と父はお留守番ということで、母に車で送ってもらうことになった。
「陣痛じやなかったら、恥ずかしいね。」
なんて話しながら、産婦人科へ向かった。




2000年2月14日
赤ちゃん誕生!!
深夜0時頃。
陣痛室のベッドの上で、私は横になっていた。
「陣痛は始まってますが、まだまだ弱いです。子宮口は2cmぐらい開いてるけど、もしかしたらお産の進み方によっては一度帰ってもらう
かもしれないね。」
って言われた。
初産婦は、陣痛が始まってからが長いらしい。
出産はまだまだ先だということで、母も家に帰ることになった。

母が帰ってしばらくしてから、だんだん陣痛の痛みがでてきた。
陣痛の波がやってくると、手のひらにじんわり汗がにじんでくる。手をぎゅとにぎり痛みに耐えた。
看護婦さんが時々様子を見に来てくれる。とてもお腹が痛くなってきたと告げると、
「まーだまだ序の口。これからもっともっと痛くなるから、今のうちにしっかり寝ておいてね。じゃないと、体力持たないよ。」

推定?時。
隣のベッドに新たに妊婦さんが入ってきた。カーテンの向こうで人のこえがする。
「あらら・・・、もう半分以上開いてるねえ。全然痛くなかったの?」
助産婦らしき人の声がした。半分以上開くまで陣痛がないなんてなんて幸せな人なんだろう。私は痛みに耐えながらそう思った。

推定?時。
かなり痛みが激しくなった。看護婦さんに教えてもらった呼吸法で、必死で痛みを逃していた。
「ひーひーふうーーー・・。」
陣痛の波はまだ7分おきぐらい。
あと何時間、いや何十時間この痛みと戦わなくてはいけないんだろう。
考えれば考えるほど、気が遠くなる。
隣は出産も近いということで、身内の人が2人ぐらいついているらしい。
私は、天井を見ながらひたすら一人で痛みと戦っていた。

推定?分。
助産婦さんが診察に来た。
「わあ、上手に痛みを逃してるね。お産もだんだん進んできたみたいね。この調子だったら、もう帰らなくていいかもね。」
やった!自分でもラマーズ法上手だと思う。
よくテレビで陣痛が痛くて『ぎゃー、ぎゃー』騒いでいる妊婦さんを見かけるけど、陣痛の波が来るたび『ひーひーふーーー』をやってたら、
騒ぐ暇がない。
騒ぐどころか、とても静かに陣痛と戦っていた。

6時30分。
いきなり夫がカーテンを開けて入ってきた。あーびっくり!
「夜勤、早退してきた。」
ありがたや、ありがたや。もう孤独に戦うことは無い。
「いま、5cmぐらい開いてるんだって。生まれるのは夕方ぐらいかなあ?あー、きたきた痛たたた・・・ひーひーふーー・・・」
そうしているうちに、隣の妊婦さんがとうとう分娩室に入っていった。

7時半。
「早ければ、午前中には生まれるかもね。」
診察後そう言われた。夫は早速、私の母に連絡いれてくれた。
「お母さん、洗濯干したらすぐ来るって。」
それにしても隣にいた妊婦さんは、まだ分娩室から出てこない。時々中から、苦しんでいる声が聞こえてくる。
数時間後には、私もそうなるんだなあ。怖いな・・・。

8時。
さっきから、妙におしっこがしたくてたまらない。うんちまでしたくなってきた。赤ちゃんが膀胱を圧迫してきているらしい。陣痛の波が来
るたび、いきみたくて仕方がない。
「まだ、いきまないで!大きく呼吸して・・・」
看護婦さんにそう言われた。痛いのといきみたいのを我慢して、力を抜いて深呼吸するなんて、とても難しい。でも必死でそれをやりつ
づけた。

8時半。
先生登場。
「わあ!もうOKやな。さあ準備しよか。」
診察後、いきなりそう言われた。
「え・・・!?」
夫が陣痛室から追い出され、私は点滴をつけられた。周りの看護婦さんがばたばたと動き出した。
とうとう、その時が来たんだ・・・・。
とても怖くて怖くて、涙が出てきた。

隣にいた妊婦さんがやっと出てきた。入れ替わりに私が分娩室に運ばれていった。
陣痛の合間に分娩台に移った。
私の周りには数人の優しい看護婦さんがいて、手を握ってくれていた。
先生が足元で分娩の準備をしている間に、看護婦さんが出産の際の呼吸法を丁寧に説明してくれていた。
「さあ、次陣痛のなみがきたら、思いっきりいきんでいいよ!」
先生のGOサインが出た!

1回目陣痛の波が来た!
「んーーー」
頭に血管が浮くだけで、全然お尻に力が入らない。どうしよう・・・。

2回目。
「んーーーーー・・・・」
今度はお尻に力が入った。ひたすら、いきみ続けた。く、苦しい・・・!
「はい、いいよ!その調子。一度休憩しようか。頭が見えてきたよ。」
先生の合図でやっと呼吸できた。はあ、はあ、はあ・・・・・・。

3回目。
「んーーーーーー、んーーーーーーーー・・・・」
何か股の間に大きな物体が挟まってる感じがしてきた。
それにしても苦しい!早く息継ぎさせてほしい!顔を真っ赤にして、もう限界!と思ったところで、やっと先生の声。
「はい、一度休憩しよか。ほらもう頭が出たままだよ。次頑張ったら、出産だから頑張ろう。」
はあ、はあ、はあ・・・それにしても苦しい。出産は痛いものだと思ってたけど、苦しいものだと分かった。
こんな苦しいのは、もういやだ。
何が何でも、絶対次で終わりにしてやる!

4回目。
「んーーーーーーーーー・・・・・・・・」
顔を真っ赤にして、全力尽くしていきんだ。自分の声か?と思うような声が漏れる。今まででかつてこんなに全身全霊力を尽くしたことが
あるだろうか?
もう、だめだ・・・と思って一瞬息継ぎしようとしたら、
「あかん!息継ぎしたらあかん!そのままいきんで!」
って先生の厳しい声。
ギョエー!もう吐く息も尽きて、息を吸うことも出来ないまま、顔を真っ赤にして歯をくいしばって必死でいきみ続けた。多分ものすごい
形相だったと思う.
ぐ、ぐるじい・・・・もうほんとにだめだ・・・もうヤダ・・・・そう思ったとき、
「おめでとう!男の子ですよ!」
え?と足元を見ると先生がちいちゃな赤ちゃんを取り上げるところだった。

8時44分。
「ほぎゃーほぎゃーほぎゃー」
テレビで聞いたような元気な赤ちゃんの泣き声だった。
やっと、やっと終わったんだ・・・・。
この私が、とうとうあかちゃんを産んだんだ・・・・。
感動にひたっていると、
「さあ、今から縫いますね。」
と。足元から先生の声。
「え!?」
っと思ったのもつかの間、次の瞬間針が肌を突き刺す痛みが・・・!
ぎゃあー、たーすーけーてー!!




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