□■□一周忌を迎えて□■□
    

    先日、一周忌を無事に済ませる事ができました。
    母も、上の兄も、私が思った以上に元気でした。前を向いていました。
    なんとなく、私だけが、取り残されているような、そんな気分になった一周忌法要でした。
    年老いた母でさえ、現実を見据えている。未来を語っている。
    私は母が、眩しくさえ感じられた1日でした。
    

    今現在の私は、蘇る去年の記憶に涙する日が多くなっています。
    この暑さ、去年と同じイベント等、思い返される出来事があるのだから、
    仕方のない事と受け止めています。
    今は泣く時期。
    うん、受け止めていられています。

    1年前の今頃、私は自死遺族の方が運営するサイトに出会いました。
    掲示板に書き込んだ自分の投稿を読むと、自分の必死さが昨日のように蘇ってきます。
    「何故」なのか?
    私の思いは、その一点に集中されました。

    「何故」と心の整理は、母と沢山話し合ったこと、同じ自死遺族の立場である人たちと沢山語り合ったこと、
    これらが大きかったように思います。
    独りで抱え込もうとするには、大きすぎる衝撃。
    一番必要なのは「語り合うこと」だと、私は思うのです。

    「自死遺族」という枠を作っても、立場、間柄、病気、社会的立場等、違えば考え方も違って当然です。
    また自死遺族でなくとも、それは言える事だと思います。
    人を拒絶するのではなく、まず自分が受け入れること。
    自分の反省も踏まえて、必要な気がしている、一周忌を迎えたばかりの私です。
    





    母としての私へ

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